競走馬名にはルールが存在する?珍名馬と合わせて解説

皆さんは珍名馬といえば、どの競走馬を思い浮かべますか?

メロンパンにヒコーキグモ、オジサンオジサンやワスレナイデ、さらにはスゴウデノバケンシにオモシロイ。

オマワリサンやドングリ、ナゾ…。挙げるとキリがありませんが、これらすべては、珍名馬で有名な馬主・小田切有一氏の所有馬です。

また、昨今は小田切氏が所有する競走馬以外にも、実況泣かせの馬名スモモモモモモモモやオニクダイスキマン(両馬とも地方所属)など強烈なインパクトを残す馬名の競走馬も存在します。

そんな珍名馬と呼ばれる馬名を持つ競走馬は、少し気の毒に思う部分もありますが、何も馬主が好き勝手に決め馬名登録しているわけではなく、馬名としての命名は、いくつかのルールや基準をクリアし、競走馬として登録されています。

そこで今回は、これまで珍名馬として活躍した競走馬の紹介と合わせて、競走馬に対する馬名のルールについて解説していきたいと思います。

意外に知っているようで知らないこともあるかと思いますので、競馬ファンなら是非とも頭の片隅に入れておいて損はないかと思います。

目次

競走馬名には文字数の制限がある

まずは、馬名を決める際にもっとも基本的なのが文字数の制限です。

これは、通称『パリ協約』と呼ばれている規定でアルファベット18文字以内と決められています。

それにより、日本の競馬ではアルファベットは空白を含めて18文字、カタカナの場合は2文字以上9文字以内とされています。

このルールによって大きな影響を受けたのが、1993年の目黒記念(G2)など重賞を4勝したマチカネタンホイザといわれています。

本来なら冠名のマチカネ+ワーグナーの喜劇タンホイザーから、マチカネタンホイザーと命名したかったようですが、9文字を超えてしまうため音引きとなる『ー』部分を取り除きました。

他にも文字数制限により本来命名したかった馬名から一部を削ったといわれている競走馬は、冠名に父のハイセイコーを合わせたカツラノハイセイコや同じく冠名にアクション映画俳優のブルースリーを合わせたオウケンブルースリ、こちらも同じく冠名にライトオーを合わせたカルストンライトオなど、3頭とも9文字を超えたために音引き部分が取り除かれ登録されました。

なお、文字制限がなかった時代では、ヤという1文字の競走馬やナンバートウエンチーシキスといった13文字の競走馬もいたそうです。

この馬名の文字制限について、日本では1928年に定められましたが、それまでは『大鵬』といった漢字のみや『第一』や『第二』といった漢字『・』といった記号が使われた競走馬もいました。

ちなみに『大鵬』という競走馬は、史上初の三冠馬に輝いたセントライトの半兄にあたります。また、セントライトの母フリツパンシーからは、大鵬の全妹にあたる第二フリツパンシー、第三フリツパンシー、セントライトの全妹には第五フリツパンシーと名付けられています。

そして、1952年の桜花賞とオークスを制したスウヰイスー(スウィイスー)のように旧字を使った競走馬もいましたが、現代では現代仮名遣いに限ると定められているため、旧字を使用することはできません。

さらには、小文字の『ッ』や『ャ』は1968年まで使用が認められておらず、地方競馬に関しては、1990年まで小文字の使用が認められていませんでした。

その影響で第二次競馬ブームを巻き起こした代表格のオグリキャップは、笠松競馬所属時代オグリキヤツプと表記されていました。

ただし、読む時やアナウンスされる時はオグリキャップでしたので、何だか不思議な決まり事だったようですね。

次に昨今の馬名からはよく目にする『ヴ』も紛らわしいとの判断で一時は使用が認められず『ブ』に統一されていましたが、1990年に使用が再開されました。

仮に今でも使用が認められていなかったら『オルフェーブル』になるということです。

さらに『ヲ』も使用が認められていませんでしたが、1997年に使用が認められました。

そのヲを使用した初めての競走馬は、小田切氏が所有したエガオヲミセテです。

他にもヲを使用した競走馬は、ステップヲフンデやゲンキヲダシテなどが存在しましたが、これらもすべて小田切氏の所有馬でした。

そして、1つの文字で2つの読み方がある『ハ』や『へ』はそれぞれの読み方での使用が認められています。有名な競走馬はオレハマッテルゼやミライヘノツバサでしょうか。

ちなみにオレハマッテルゼは、小田切氏が所有した唯一のG1馬となりました。

使用できない競走馬名とは?

次に使用できない馬名もありますのでご紹介します。

まずは国際保護馬名です。これは過去の優秀な成績の競走馬や主要な種牡馬、繁殖牝馬との馬名の重複を防ぐためで、国際保護馬名に登録されると日本でも命名できないように定められています。

また、日本のG1を勝利している競走馬の馬名は一部例外もありますが、基本的には使用することはできません。また、それには地方交流G1の勝ち馬も含まれます。

中でも知られているのが、史上3頭目の三冠馬に輝いたミスターシービーでしょうか。

実は、ミスターシービーという馬名は2頭存在しました。1頭目は1934年に生まれ障害競走で活躍した競走馬で2頭目が三冠馬となったミスターシービーです。

これによって、ミスターシービーという同じ馬名は以後使用できなくなりました。

そして、G2やG3といった重賞勝ち馬の馬名については、登録抹消後10年、それ以外の競走馬は登録抹消後5年が経過しないと同じ馬名は使用できないルールもあります。

さらに競走馬引退後、種牡馬や繁殖牝馬として登録されると、死亡後や最後の産駒誕生から10年以上経たないと再使用は認められていませんが、これは重複しますが、あくまでも国際保護馬名に登録されていない馬名に限ります。

ちなみに1993年の帝王賞や川崎記念を制したハシルショウグンは、1988年生まれで1996年に亡くなっていますが、2018年に生まれた牝馬にハシルショウグンと同名が名付けられた競走馬が2021年に園田競馬場でデビューしました。

なお、血統的にも初代ハシルショウグンは父メンデス、母ハイビクターで二代目は父プリサイスエンド、祖母にエイシンバーリンを持つ血統ですので、同名ながらも接点はありません。

これは、初代ハシルショウグンが没後20年以上も経過していることから同名でも競走馬登録が可能となったわけですね。

他にも『ニバンテ』といった実況時に紛らわしい馬名や商品名や著名人と同じ馬名なども認められないことが多いです。

ただし、リンカーンやアリストテレスといった海外の著名人の名を付けた競走馬は存在しますので、認可される基準は明らかになっていません。

競走馬名のルール まとめ

冒頭にも述べました珍名馬で有名な小田切氏の馬主としての初勝利と重賞初勝利はマリージョーイという競走馬でした。

馬名の由来が『結婚と喜び』を意味するマリッジとジョイから転じて命名されたそうで、意外といえば失礼ですが普通に格好いい馬名です。

しかし、この競走馬の馬名を聞いて思い出されるのが、かつて”天才騎手”と呼ばれ日本の競馬界の一時代を築いた福永洋一元騎手です。

ご存じの通り、福永洋一元騎手は福永祐一調教師のお父さんで福永洋一元騎手が落馬により騎手生命を絶たれた時に騎乗していたのがマリージョーイです。

よって、マリージョーイは「福永洋一元騎手が事故に遭った時の競走馬」として語られることが多いです。

そんな小田切氏の所有馬はマリージョーイからノアノハコブネ、ラグビーボールと続き、いつしか馬名として不思議な珍名馬と呼ばれる名が付けられるようになりました。

そして、現在、珍名馬といえば小田切氏の所有馬として定着しています。まさに珍名馬の先駆者といっても過言ではありません。

そんな珍名馬には賛否両論あると思いますが、競走馬として登録されているすべての馬は馬名ルールに則りターフを走っていますので、もし競馬新聞などで珍名馬を見かけたら、是非とも注目してみてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次