競馬界の用語に『テン乗り』という言葉があります。
これは、特定の競走馬に特定の騎手がレースにて”初めて騎乗する”ことをいいます。
また、競馬におけるテンとは「最初」「真っ先」という意味の語源から、テン乗りと呼ばれるようになりました。
ただ、テン乗りは、その競走馬の癖や気性面などが分からず初めて騎乗するため、難しいとされています。
よって、競走馬レース送り出す陣営側とすれば、テン乗り騎手よりも慣れ親しんだ乗り続けている騎手を望む傾向がありました。
ところが、昨今では、騎手の起用法に変化があり、テン乗りや乗り替わりが当たり前の時代となっているのです。
それに伴い、1頭の競走馬に対して、1人の騎手が乗り続けることが貴重な存在であり、そのコントラストは年々強くなっている傾向に変わりつつあります。
そこで今回は、レースにおいて重要性を持つテン乗りについて解説していきたいと思います。
合わせて、テン乗りのメリットやデメリット、テン乗りに強い騎手なども紹介しますので、ぜひ最後までお楽しみください。
テン乗り騎乗と乗り替わり騎乗の違い

まずは、テン乗りと乗り替わりの違いについて説明します。
テン乗りとは、冒頭の記載通り、ある競走馬に対して、初めてレースで騎乗することを指します。
一方で乗り替わりとは、その字のごとく前走に騎乗したA騎手からB騎手に騎乗が変更されることを乗り替わり騎乗といいます。
この2つの違いは、テン乗りは、その競走馬に初めて騎乗することで、乗り替わりは過去に、その競走馬に騎乗経験がある場合で分けられます。
たとえば、まだ記憶に新しい2024年の桜花賞(G1)をステレンボッシュで制したのは『マジックマン』の異名を持つジョアン・モレイラ(以下モレイラ)騎手でした。
ステレンボッシュは、この桜花賞が自身5戦目となりましたが、過去4戦はデビュー戦と2戦目を横山武史騎手、3戦目の赤松賞(1勝クラス)には、トム・マーカンド(以下マーカンド)騎手。
そして、4戦目の阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)には、クリストフ・ルメール(以下ルメール)騎手が騎乗しました。
よって、この桜花賞でモレイラ騎手が騎乗するのは初めてなので、テン乗りとなるわけです。
仮に横山武史騎手やマーカンド騎手が騎乗していた場合は、1度以上騎乗経験があるため、ルメール騎手からの乗り替わりと表現されます。
これが、テン乗りと乗り替わりの違いとなります。
テン乗りのメリットとデメリット

次にテン乗りのメリットとデメリットについて、説明します。
まず、メリットについては、先入観がないことが挙げられます。
たとえば、気性面が悪くレースで引っ掛かる癖のある競走馬が、それまで後方から行かざるを得なかったとします。
そこでテン乗りした騎手が、何の先入観を持たず、これまでの戦法とは打って変わって、先行し、勝たせたりすることがあります。
よって、いつもと違う競馬をするという部分、その先入観がないところが、メリットかと思います。
また、精神面でのメリットも考えられます。
それは、テン乗りだと騎手は逆に闘志に溢れるみたいな感じです。
テン乗りということは、ある意味、いつも乗っている騎手より、テン乗りの騎手のほうが期待を掛けられていると解釈できますので、ジョッキー心理を考えると、当然その期待に応えたいというプラスの感情が現れると思います。
逆にデメリットとしては、その競走馬に初めて跨るわけですから、いくら事前に陣営側から情報を得たとしても実際に乗ると違う部分は多くあると聞きます。
もちろん、相手は生き物ですので、機械のようにマニュアル通りにはいきません。これが大きなデメリットになるかと思います。
そして、大舞台での乗り替わり、それもテン乗り騎乗で結果を出すのは、いくら名手でも簡単ではありません。
特にすべてのホースマンが目標とする日本ダービー(G1)は、古くから運のある馬が勝つとともに人馬の絆が問われるレースともいわれている中で、テン乗りの競走馬が苦戦を強いられていることは周知の通りです。
テン乗り騎乗での勝利は、1954年のゴールデンウエーブに騎乗した岩下密政騎手が最後でしたが、2023年にタスティエーラに騎乗したダミアン・レーン(以下レーン)騎手が見事、その記録を69年ぶりに塗り替えたことは記憶に新しい方も多いと思います。
また、乗り替わりでは、2021年にシャフリヤールで福永祐一騎手が制しましたが、これは1985年シリウスシンボリの加藤和宏騎手以来、実に36年ぶりとなりました。
そう考えると、レースが大舞台になればなるほど、デメリットとして挙げても良いかも知れませんね。
テン乗りの好走事例やテン乗りに強い騎手は?

続いて、テン乗りの好走事例についてですが、これは特に短期騎手免許を取得した海外騎手の成功例が目立ちます。特に前述したモレイラ騎手やレーン騎手、さらにはクリスチャン・デムーロ騎手などは、テン乗りに強い印象があります。
そして、JRAに所属する騎手については、テン乗りに強い騎手として勝率の高い順に以下の表にまとめました。
テン乗りでの勝率(2021年1月1日~2023年12月31日まで)
順位 | 騎手名 | テ乗騎乗数 | テ乗勝利数 | テ乗勝率 | 累計勝率 |
1位 | 川田 将雅騎手 | 735 | 209 | 28.44% | 16.33% |
2位 | C.ルメール騎手 | 956 | 225 | 23.54% | 21.48% |
3位 | 横山 武史騎手 | 1,246 | 182 | 14.61% | 11.42% |
4位 | 戸崎 圭太騎手 | 1,265 | 181 | 14.31% | 14.41% |
5位 | 松山 弘平騎手 | 1,357 | 192 | 14.15% | 9.38% |
6位 | 武 豊騎手 | 700 | 92 | 13.14% | 18.34% |
7位 | M.デムーロ騎手 | 787 | 93 | 11.82% | 16.27% |
8位 | 横山 和生騎手 | 821 | 92 | 11.21% | 6.74% |
9位 | 坂井 瑠星騎手 | 1,176 | 128 | 10.88% | 9.19% |
10位 | 岩田 望来騎手 | 1,382 | 150 | 10.85% | 10.79% |
競馬データセンター(https://umarengod.com)より
表を見てもお分かりかと思いますが、累計勝率と比較したところ、テン乗りが得意といえる騎手は、川田将雅騎手・横山和生騎手・松山弘平騎手の3名が累計勝率よりも大幅にテン乗り勝率の方が上回っています。
さらに累計勝率とテン乗り勝率に差がない騎手は、戸崎圭太騎手と岩田望来騎手だということもお分かりいただけると思います。
この2名は、ある意味どのような競走馬でもそれなりに結果が出せる、いわゆる得手不得手が少ない騎手だといえそうですね。
どういったときにテン乗りで騎乗するのか?
それでは、どういった場面でテン乗り騎乗が発生するのかを見ていきたいと思います。
これには、様々な理由が考えられますが、特に有力騎手が偶然に騎乗馬がなく空いていた場合や主戦を務めていた騎手が怪我や海外渡航など何らかの理由で騎乗できないケースといったところでしょう。
さらに、テン乗りや乗り替わりは、事前に分かっている場合だけではありません。2023年のマイルチャンピオンシップ(G1)が、テン乗りの中の”超テン乗り”とでも表現すべき出来事がありました。
それは、第11レースのメインレースであるマイルチャンピオンシップに5番人気のナミュールに騎乗予定だったライアン・ムーア騎手が第2レースで落馬負傷してしまい、レースまで数時間後といった局面で急遽、藤岡康太騎手がテン乗り騎乗に抜擢されました。
そして見事、勝利に導いたことは、昨今のテン乗りの代表例といっても過言ではありません。
テン乗りのまとめ

今回は、テン乗りについて紹介しました。
テン乗りと乗り替わりの違いやテン乗りがいかに難しいことか、ご理解いただけたのではないでしょうか。
今後、馬券を購入する際に「この騎手はテン乗りだから、割引が必要かも?」や「川田騎手はテン乗りが得意だから、ここは買い時だ」など少しでも参考になればと思います。