現在、日本競馬の中枢として、競走馬の生産・育成を支えているのは間違いなく社台グループだと思います。
それは、「社台なしで今の日本競馬の発展は語れない」とまでいわれるほど、日本競馬の発展に大きな影響を与え続けているからです。
そして、社台グループの原点になっているのが、社台ファームであり、元代表の吉田善哉氏が世界を見据えた“先見の目”を持った行動にあります。
そこで今回は、社台ファームについて紹介していきたいと思います。
また、長きに渡るその歴史や社台グループの相関図、代表。吉田照哉氏のエピソードなども合わせて紹介しますので、ぜひ最後までご高覧ください。
社台ファームの歴史
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社台ファームとは、冒頭にも軽く触れましたが、日本のサラブレッド生産において日本一を誇る【社台グループ】の1つです。
話は今から150年以上前に遡りますが、現在の社台ファーム代表・吉田照哉氏の祖祖父にあたる吉田善太郎氏が岩手県に生まれ10歳の時に北海道へ移住しました。
その後、善太郎氏は北海道の開拓者の1人として大きな功績を残します。具体的には用水の開削や学校創設、日露戦争時は軍費の献納など、道内だけではなく日本にも多大な貢献を残していたのです。
その功績は北海道札幌市にある月寒神社の境内に【吉田善太郎功労碑】が建立されているほどです。
そして、善太郎氏のご子息である吉田善助氏が社台牧場の礎となる牧場経営を始めます。ただ、牧場とはいってもサラブレッドの生産・育成ではなく、乳牛や家畜専門といったものであり、日本で初めてホルスタインを持ち込んだのも善助氏だといわれています。
一方、馬の生産は善太郎氏の弟である吉田権太郎氏が【吉田牧場】を経営していました。
ただ当時は、戦時中だったことからサラブレッドではなく軍馬の生産です。
その後、1920年代からサラブレッドの生産にも着手したとされており、2020年まで約100年もの間、サラブレッドの生産・育成に携わり、特に1950年代から1980年代にかけては“栗毛の貴公子”との異名を持ち、JRA顕彰馬にも選出されているテンポイントなど、数々の名馬を生産した牧場および馬主も兼ねたオーナーブリーダーでもありました。
そんな叔父・権太郎氏の影響を受けた善助氏が1928年にサラブレッドの生産を始めたことが社台ファームの始まりとなります。
そこから時代は進み、1955年に善助氏のご子息・吉田善哉氏が千葉県に【千葉社台牧場】を設立したことで父・善助氏から独立する形となります。
そして、16年後の1971年に牧場を北海道千歳に移し【社台千歳ファーム】を設立。1975年にはノーザンテーストを種牡馬として供用し、1991年には日本競馬の血統史を大きく塗り替えたサンデーサイレンスの導入に成功するなど、社台グループ・社台ファームだけではなく、日本競馬の発展に大きく貢献したといっても過言ではないのが吉田善哉氏です。
しかし、残念ながら善哉氏はサンデーサイレンス産駒の走りをみることなく、1993年に他界され、翌年の1994年に社台グループの分割・再編により、社台ファーム千歳が社台ファーム、社台ファーム早来がノーザンファーム、社台ファーム白老が白老ファームとなって、現在の社台グループへとつながっていきます。
社台ファーム・吉田照哉氏
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善哉氏の長男として1947年11月12日に生まれた吉田照哉氏は、慶應義塾高等学校から慶應義塾大学経済学部を卒業後、社台ファームに入社します。なお、高校、大学ともに馬術部に所属していた照哉氏は、自然と善哉氏の元でサラブレッドの生産・育成を学び、1972年にはアメリカ・フォンテンブローファーム場長として渡米。6年後の1978年に帰国した後は、社台ファーム発展に尽力しました。
そんな照哉氏の功績は、大きくは2つあります。
1つは、社台ファームにとって悲願だった日本ダービーを初めて制したダイナガリバーの父・ノーザンテーストを購入したことです。
ノーザンテーストと聞けば、オールド競馬ファンなら誰もが知っている昭和の日本競馬を支えた大種牡馬。そのノーザンテーストをセリ市で見つけたのが照哉氏です。
先ほども少し触れましたが、1972年7月に善哉氏から日本でノーザンダンサー血を持つ種牡馬を供用するため、ノーザンダンサーを父に持つ牡馬購入の命令を受けた照哉氏は、アメリカ・ニューヨーク州サラトガ競馬場のセリ市にて10万ドル、当時のレートでいえば約3,000万円でノーザンテーストを落札します。
1970年代は世界的にノーザンダンサー産駒が、それまでのサラブレッドの常識を覆すほどの目覚ましい活躍を遂げていた時であり、今でも影響力のあるニジンスキー・ヌレイエフ・サドラーズウェルズ・リファールなどの大種牡馬はすべてノーザンダンサー産駒です。
「ノーザンダンサーの1滴の血は1カラットダイヤモンドよりも価値がある」とまでいわれた、その血を日本でもいち早く導入するべきと先見の目を持った善哉氏、そして、それほど評価の高くなかったノーザンテーストを見つけた照哉氏。
これが社台ファーム大発展の原点となったのです。
なお、現役時代のノーザンテーストはフォレ賞(仏G1)を勝利するなど、通算成績20戦5勝の成績を持ち、社台ファームで種牡馬入りとなります。
ところが種牡馬入りした当初は、同じ北海道の生産地である日高の一部生産者から「犬のような馬」「わざわざアメリカからヤギを買ってきた」などと揶揄され、嘲笑に近い言葉を浴びせられたこともあったといいます。
しかし、ノーザンテーストの功績は、改めて語る必要がないほど多くの活躍馬を輩出しました。
その輝かしい記録は、1982年に当時リーディングサイアーだったテスコボーイからトップの座を奪い取るとリーディングサイアーを10年間不動のものとします。
他にも1979年から1996年までの18年連続、1977年産から1996年産までの20世代連続で重賞馬を輩出し、1979年から2006年まで中央競馬28年連続産駒が勝利を収めるなど、2004年にサンデーサイレンスが更新するまで産駒JRA勝利数1位を保ち続けるほどの大種牡馬でした。
そして、照哉氏の2つ目の功績は、サンデーサイレンスの購入です。
これは、照哉氏が偶然にもアメリカに滞在中、以前より親交を深めていたアーサー・ハンコック氏から「購入しないか」との打診を受けたことでサンデーサイレンスが日本で種牡馬入りする運びとなりました。
サンデーサイレンスは、アメリカ競馬の年度代表馬に輝くほどの活躍を見せた名馬だったのですが、種牡馬としては当時のアメリカでは低評価だったのです。
なお、サンデーサイレンスのこと詳しく知りたい方は、下記の記事に詳細を記載しています。
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この2頭の大種牡馬導入が照哉氏の大きな功績といえるでしょう。
そして、ノーザンテースト、サンデーサイレンスの導入は、社台ファームのみならず日本競馬の底上げになったことは間違いありませんし、現在の日本競馬においてもサンデーサイレンスの血が入っていない競走馬を探すのが難しいといわれるほど、サンデーサイレンスの血を継ぐ競走馬が多く存在します。
また、照哉氏の功績は、大種牡馬を導入しただけではありません。それは、社台ファーム生産馬の強さの秘密につながることです。
良血統も去ることながらなぜ社台グループ、社台ファームの馬は強いのでしょうか。
それは、育成方針にあるのです。
通常であれば、多くの牧場で行われる調教は午前中で終わります。しかし、社台ファームでは、午前・午後と2回に分け、1頭当たりに長い時間、そしてスピードを出させる調教ではなく、ゆっくり駆け足で5,000メートルほど走らせるといいます。
さらには、ウォーキングマシンで1時間程度運動させる育成方法も取り入れており、これはゆっくりと走らせることで競走馬に我慢を覚えさせる育成も兼ね備えているそうです。その結果、競走馬と人間とが互いに理解する信頼関係を構築し、競馬になると最後の200メートルで我慢ができる競走馬に育っていくと照哉氏は語っています。
ここに社台ファーム生産馬の強さが隠されていたわけですね。
社台ファームとノーザンファームの違いとは?
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ここまで社台ファームについて紹介してきましたが、ここからは社台グループとしてノーザンファームや追分ファームといった生産牧場やサンデーレーシングなどの一口馬主クラブ法人についても紹介していきます。
まず、照哉氏の弟にあたる次男・吉田勝己氏が経営するノーザンファームです。そして、勝己氏のご子息、吉田俊介氏がサンデーレーシングの代表として運営されていますね。
ノーザンファームと聞けば、競馬をやっている者すべてが知っているほど、今や日本一の大牧場であり、勝己氏は個人でも競走馬を所有し、古くはダンスパートナーやポップロックといった競走馬を所有していました。また、配偶者の吉田和美氏も個人所有にて馬主をされています。
そんなノーザンファームの生産馬の一部をクラブ法人として運営するサンデーレーシングといえば、オルフェーヴルやジェンティルドンナ、最近ではリバティアイランドなど挙げればキリがないほどの名馬を数多く所有しています。
そして、照哉氏、勝己氏の弟にあたる三男の吉田晴哉氏が追分ファーム代表、ご子息の吉田正志氏が一口馬主クラブ法人G1レーシング代表として活躍されています。
なお、G1レーシングといえば、ルヴァンスレーヴやペルシアンナイトといったG1馬を所有したクラブです。
また、各ファームは、北海道だけで生産・育成しているわけではありません。外厩と呼ばれる施設も完備されています。
外厩とは、中央競馬のトレーニングセンター以外の場所にある、競走馬の育成や調教を行う施設のことで、社台グループは全国に複数の外厩を所有しています。
まず社台ファームの外部育成施設は、宮城県にある山元トレセンと滋賀県のグリーンウッドトレーニングセンターが有名です。
次にノーザンファームの外部育成施設は、ノーザンファーム天栄やノーザンファームしがらきといった施設の他にも多数所有しています。
そして、追分ファームの育成施設は、追分ファームリリーバレーといって、こちらは北海道にあります。また、G1レーシングが所有する競走馬は、追分ファームリリーバレーができたことで強くなったといわれていますね。
そう考えると、北海道に生産・育成拠点を持ち、美浦・栗東の各トレセン近くに外部育成施設を持つ社台グループの強さは納得できるのではないでしょうか。
主な社台ファーム生産馬
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先ほども紹介しましたノーザンファームには、サンデーレーシング、追分ファームにはG1レーシングといった一口馬主クラブ法人が紐づいていますが、もちろん社台ファームにも社台レースホースといった一口馬主クラブ法人が存在し、照哉氏のご子息、吉田哲哉氏が代表を務めています。
社台レースホースとしては、これまでハーツクライやダンスインザダーク、最近ではスターズオンアースなど、サンデーレーシング同様に数多くの名馬を所有しており、2004年には、ダンスインザムードが桜花賞(G1)を制したことで社台ファーム生産馬として、八大競走を完全制覇となりました。
また、2006年にハーツクライがドバイシーマクラシック(首G1)を制覇したことで海外G1初制覇も記録。他にも照哉氏は、個人馬主として、スクリーンヒーローやデュランダルなど多くの活躍馬を所有してこられ、また配偶者の吉田千津氏も個人馬主として活躍されています。
なお、レースでもよく見かける「黄色と黒の縦縞」社台レースホースの勝負服は印象深いかと思いますが、その勝負服は善哉氏の勝負服の服飾を受け継いでいるものです。
ちなみに照哉氏個人所有勝負服は、先ほどの社台レースホースの勝負服をベースに腕部分がすべて赤色ですので、黄色と黒の縦縞の勝負服を見た時は、腕の部分にも注目してみてください。腕の色で社台レースホースの競走馬か照哉氏個人の所有馬か見分けが付くと思います。
社台ファームは見学できる?
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基本的には一口会員以外の一般見学は不可となっています。
また、一口会員の方でも事前申し込みが必要となり、見学可能となるのは、出資馬と出資検討馬のみです。
そして、これは余談となりますが、どこの牧場でも【競走馬のふるさと案内所】経由で申し込むようにしてください。
それは、個別に牧場へ問い合わせることが牧場にとって迷惑となり、最悪の場合、一般の善良な見学客にも制限が掛かることになるため、絶対にやめましょう。
社台ファームのまとめ
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今回は、社台ファームについて紹介しました。
社台ファームを含めた社台グループの歴史や功績は、語り尽くせないほど多大なもので、日本競馬のレベル向上に大きく貢献しました。
近年は、海外の主要レースでも活躍馬を送り出していますし、今後も社台ファームで育った馬の活躍に期待したいです。
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