変則2冠馬ラインクラフト 死因と現役時代の軌跡

日本競馬にとって、2005年は史上2頭目となる無敗の三冠馬ディープインパクトの誕生に多くの競馬ファンが魅了された年といっても過言ではありません。

そのせいか、シーザリオやエアメサイアといったのちに母としても偉大な地位を確立し、さらには現役時代に凌ぎを削り合った牝馬世代が少し影に隠れてしまいがちです。

そんな2005年の牝馬戦線は最強世代との呼び声も高く、その中心にいたのが史上初の桜花賞・NHKマイルカップの変則二冠を達成したラインクラフトです。

そこで今回は2005年の牝馬戦線を引っ張りながらも急逝したラインクラフトについて紹介していきます。

この記事で分かること
  • ラインクラフトの概要が分かります。
  • 現役時代のラインクラフトの活躍が分かります。
  • ラインクラフトの死因が分かります。
目次

ラインクラフトの概要

生年月日2002年4月4日
死没2006年8月19日
性別
エンドスウィープ
マストビーラヴド
母父サンデーサイレンス
生産牧場ノーザンファーム
戦績13戦6勝
主な勝ち鞍2005年 桜花賞(G1)
2005年 NHKマイルカップ(G1)
2006年 阪神牝馬ステークス(G2)
2004年 ファンタジーステークス(G3)
獲得賞金5億563万円
登録抹消日2006年8月19日

ラインクラフトの血統背景

ラインクラフトは、2002年4月4日に北海道は早来町のノーザンファームにて生を受けました。

父はアメリカでの種牡馬生活を経て日本にやってきたエンドスウィープです。

エンドスウィープは日本で供用後わずか3年で亡くなったため産駒の数は200頭余りと少ないですが、2004年の秋華賞(G1)や2005年の宝塚記念(G1)を勝ったスイープトウショウ、2007年のジャパンカップ(G1)を制したアドマイヤムーンなど多くの活躍馬を輩出しました。

母のマストビーラヴドはサンデーサイレンス産駒として期待されましたが、現役時代は3戦未勝利と競走馬としては期待外れの結果に終わりました。

しかし、マストビーラヴドの血統を辿れば名牝ファンシミンに繋がります。そのファンシミンとは1972年にアメリカから社台ファームに輸入された牝馬です。

ただ、ファンシミン自身は代表産駒が条件戦4勝のダイナカルメンとあって、大成した活躍馬を輩出することはできませんでした。

ところが、ファンシミンの仔たちが繁殖入りすると1987年のオールカマー(当時G3)を牝馬ながら制したダイナフェアリーや同年の七夕賞(G3)を勝ったダイナシュートなどを輩出します。

また、近年ではソングオブウインドやトウケイヘイローといった活躍馬を多く輩出したことでファンシミン系が確立されます。

そして、スカーレットインク系と並び社台の伝統の名牝系の一つとして評価されるまでとなりました。ちなみにダイナシュートはラインクラフトの祖母にあたります。

そんなファンシミンの血を継ぐ仔として、長野県に本社を構える大澤電機株式会社の創業者・大澤繁昌氏が購入し、ラインクラフトと命名され親交の深かった栗東の名門・瀬戸口勉厩舎に預けられました。

ちなみに馬名の由来は冠名+ドイツ語でを意味します。

現役時代のラインクラフト

2004年10月16日に京都競馬場で行われた芝1400mの新馬戦を福永祐一騎手を背に5馬身差で圧勝したラインクラフトは、続くファンタジーステークス(G3)でも2着のモンローブロンドに4馬身差を付けて圧勝します。

2戦2勝で一気に2歳女王の主役に躍り出ましたが、次走の阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)では、1番人気に支持されるもゴール前でショウナンパントルらに競り負けて3着に敗れました。

年が明けて3歳となったラインクラフトは次走の桜花賞トライアル・フィリーズレビュー(G2)にて、早くも生涯のライバル馬たちと激突します。それがエアメサイアデアリングハートでした。

しかし、レースでは早め先行押し切りを図ったデアリングハートを最後はアタマ差に抑えてラインクラフトが勝利し、人気を分けあったエアメサイアが3着と改めて、世代頂点への主役に躍り出ます

迎えた牝馬三冠レースの第1弾・桜花賞(G1)では、ここまで3戦無敗のシーザリオに次ぐ2番人気となりましたが、最後の直線で追い比べとなったデアリングハートを振り切り、後方から追い込んできたシーザリオを何とかアタマ差に抑え見事桜の栄冠を手にしました

こうして、桜花賞馬となったラインクラフトですが、次走は距離適性を考慮した上で既定路線のオークス(G1)ではなく、3歳マイル王を決めるNHKマイルカップ(G1)を選択します。

この異例のローテーションは史上初のことであり、桜花賞で3着に敗れたデアリングハートも同じ路線を進みました。

そんな異例のローテーションに挑んだラインクラフトは、NHKマイルカップでも武豊騎手騎乗のペールギュントに次ぐ2番人気に支持されます。

レースでは中団から最後の長い府中の直線で最内から抜け出し、後方から迫りくるデアリングハートを1馬身と3/4差に抑えての完勝劇をみせ、史上初の桜花賞・NHKマイルカップの変則二冠を達成しました

なお、このローテーションはのちのち2019年にグランアレグリアが挑戦しましたが、結果は5着でした。

グランアレグリアは最終的にマイル・スプリントG1を6つ手にした馬で、その豪脚から最強マイラーとしても名高い名牝ですが、それほどの馬でも桜花賞とNHKマイルの変則二冠達成は厳しかったのです。

挑戦することさえ難しく、さらには連勝は至難といわれるローテ―所んで、3歳マイル二冠を達成したラインクラフトの偉大な記録は、2023年時点でラインクラフトただ1頭だけの記録となっています。

その後、休養を挟み、秋華賞トライアル・ローズステークス(G2)から始動したラインクラフトでしたが、ここではエアメサイアの2着に敗れ、続く本番の秋華賞(G1)でもエアメサイアにゴール前で差されクビ差2着に惜敗しました。

続く古馬初対決となったマイルチャンピオンシップ(G1)では、ハットトリック、ダイワメジャーといった歴戦の強豪馬相手に3着と好走します。

年が明けて4歳となったラインクラフトは、自身初となる1,200m戦の高松宮記念(G1)に挑戦。

ここでも2番人気に支持されましたが、最後はオレハマッテルゼに迫るも届かずの2着に終わります。しかし、スプリントでの距離適性があることも示した大きな一戦となりました。

そして、前年の暮れに4着と敗れた阪神牝馬ステークス(G2)が、この年から4月上旬開催へと変更になり、ここでは1番人気に応えて快勝します。

その勢いのまま、同年に新設されたヴィクトリアマイル(G1)に1番人気で出走しましたが、珍しくスタートの出が良くなかったことが影響してか、最後の直線でも伸びを欠き9着に敗れてしまいました。

その後、次の目標を秋のスプリンターズステークス(G1)と定めて休養に入ります。

この時、ラインクラフトはもう2度とターフに戻ることはないといったい誰が想像したでしょうか。

ラインクラフトの死因

ラインクラフトは、2006年8月19日に放牧先のノーザンファーム空港牧場にて、午前6時頃から集団調教を行った際、直線走路にて脚色が乱れて急に倒れ、そのまま息を引き取りました。

死因は急性心不全とみられています。

急な訃報に当時、主戦の福永祐一騎手は「桜花賞が一番の思い出。あのレースで自信をもらった。名牝と呼ぶにふさわしい。あのシーザリオに勝っているんだからね。悔いの残るレースも多かった。そう考えると1頭、1頭悔いのない騎乗をしないといけない、と改めて感じる」とコメントを残しています。

また、管理した瀬戸口勉元調教師も「今月末には帰厩し、今後は短距離路線を歩み、まずはスプリンターズステークスを目指すことにしていました。期待していたので非常に残念です。」とコメントしました。

誰もが突然の訃報にショックを受けたことは間違いありません。

まとめ

現在のシーザリオやエアメサイア、そしてデアリングハートといった同世代のライバル馬たちの子孫の活躍ぶりをみますと、余計にラインクラフトの血を受け継いだ仔どもたちのいないことが残念です。

ただ、ラインクラフトの走りやその強さは、同世代ライバル馬たちの子孫が活躍するたびに我々競馬ファンの脳裏に思い返され、いつまでも忘れることはないと思います。

それだけ、ラインクラフトという競走馬は、日本競馬史に多大な功績を残した名牝だったといえるのではないでしょうか。

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