競馬ファンの間で時折「古馬三冠」という言葉を耳にすることがあります。
実はこの言葉には、クラシック三冠のような正式な定義や称号はありません。
「春古馬三冠」や「秋古馬三冠」という呼び方も、JRAが公式に定めたものではなく、あくまでファンや関係者の間で使われてきた“俗称”です。
とはいえ、その内容は非常に奥深く、限られた名馬しか成し得ない偉業として語り継がれています。
この記事では、「古馬三冠とは何か?」という基本から、歴代の達成馬、なぜ“無理”と言われるのかまで、わかりやすく解説していきます。
競馬の古馬三冠とは?

「古馬三冠」とは、指定された主要G1レースをの総称です。
ただし、クラシック三冠のようにJRAによって公式に定められた制度ではなく、「春古馬三冠」「秋古馬三冠」といった名称も含めて、あくまでファンや関係者の間で自然に定着した俗称です。
そのため、対象となるレースについても明確な基準はなく、時代や考え方によって変動する場合があります。ただ、共通して言えるのは「その年の古馬G1戦線で圧倒的な結果を残した馬」を指すという点です。
名実ともに王者と呼ばれるには、この古馬三冠を制することがひとつの大きな指標となっており、過去に達成した馬はわずか2頭しかいません。難易度の高さと偉業達成の重みから、年々注目が集まっている称号です。
春古馬三冠とは?

「春古馬三冠」は、上半期に開催される古馬G1の中でも特に注目度の高い3つのレースを指します。
具体的には下記3つのG1競走が対象となっており、この3競走を同一年で優勝したら、春古馬三冠を成し遂げたことになります。
- 大阪杯
- 天皇賞(春)
- 宝塚記念
対象となる3レースそれぞれの距離や条件が大きく異なるため、スピード・スタミナ・調整力など、馬と陣営の総合力が試される非常に難易度の高い三冠でもあります。
とくに後述する秋古馬三冠と違い、春古馬三冠は大阪杯が2017年にG1昇格してから決められたため、歴史を含めて三冠とみなす見方が一般化したのはここ数年の傾向で、現在では“春の王道路線三冠”としての認識が広まっています。
ここからは、春古馬三冠に指定された3つのレースについて解説します。
大阪杯
大阪杯は、春古馬三冠のスタートを飾る中距離G1レースで、毎年4月初旬に阪神競馬場で開催されます。
元々はG2競走として行われていましたが、2017年にG1へ昇格しました。
それにより、古馬中距離路線の最重要ステップとして位置づけられるようになりました。
距離は2,000mと、スピードと持続力のバランスが求められる設定。芝の王道路線に向かう一流馬の登竜門であり、ここを勝って天皇賞(春)や宝塚記念に挑む馬が多いです。
また、G1昇格以降はクラシック好走馬やマイルから距離延長してきたスピード型の馬も集まり、ハイレベルな混戦となることも珍しくありません。
この大阪杯を勝てる馬は、すでに「今年の主役」として注目される存在です。
天皇賞(春)
天皇賞(春)は、春古馬三冠の中でも特にスタミナが求められる、芝3,200mの長距離G1レースです。
例年、京都競馬場で開催されており、長距離王決定戦として、伝統と格式を誇る一戦です。
このレースの最大の特徴は、なんと言ってもその距離の長さにあるでしょう。現在のJRA G1で3,000mを超えるレースは天皇賞(春)を除けば3歳馬しか出走できない菊花賞のみです。
馬自身のスタミナはもちろん、ペース配分や折り合いといった騎手の技術も勝敗に直結します。
そんな天皇賞(春)は「春の盾」とも呼ばれ、長距離に適性のある馬たちにとっては、ここを勝つことが一流の証とも言えます。
春古馬三冠を目指すうえでは、最もタフな試練となるレースであり、距離適性の壁によって三冠が“無理”と言われる大きな要因でもあります。
宝塚記念
宝塚記念は、春古馬三冠の最終戦にあたるG1レースで、毎年6月下旬に阪神競馬場で開催されます。
距離は芝2,200mの非根幹距離で、中距離〜中長距離の実力馬が集結する上半期の総決算とも言える一戦です。
このレースの大きな特徴は、ファン投票によって出走馬が選ばれるという点です。
そのため、人気・実力ともに兼ね備えたトップホースが集まりやすく、毎年ハイレベルなレースが繰り広げられます。
また、レース時期が梅雨と重なることも多く、道悪馬場での消耗戦になる傾向も多々見られ、大阪杯とはまた違った適性が求められやすいです。
春シーズンの疲労も蓄積されるタイミングのため、コンディション管理の難しさが浮き彫りになるレースでもあります。
宝塚記念を制することで、春の三冠制覇が見えてくる一方で、このレースの厳しさが春古馬三冠達成の難易度をさらに引き上げているのです。
秋古馬三冠とは?

「秋古馬三冠」とは、下半期に開催される中距離G1レースのことで、下記3レースの総称です。
- 天皇賞(秋)
- ジャパンカップ
- 有馬記念
この3競走を同一年内に優勝した馬は「秋古馬三冠」を制覇することになります。
春の古馬三冠がスピード・スタミナ・馬場適性を試されるのに対し、秋の古馬三冠は一戦ごとの相手レベルや日程の過密さが課題になります。
特に11月後半から12月末にかけてのジャパンカップと有馬記念は、間隔の短さと疲労の蓄積が大きく、連勝することすら至難の業です。
また、秋の三冠レースは国際色が強く、海外の強豪が参戦するジャパンカップや、ファン投票で出走馬が決まる有馬記念など、各レースの個性も際立っています。
これらすべてを勝ち切ることは、まさに現役最強馬の証とも言えるでしょう。
秋古馬三冠を成し遂げた馬は2024年終了時点でテイエムオペラオーとゼンノロブロイしかいません。
その偉業がいかに難しいかを物語っています。
ここからは、秋古馬三冠に指定された3つのレースについて解説します。
天皇賞(秋)
天皇賞(秋)は、秋古馬三冠の開幕戦にあたるG1レースで、毎年10月下旬に東京競馬場で行われます。
距離は芝2,000mで、スピードとスタミナのバランス、そして瞬発力の鋭さも要求される一戦です。
秋の天皇賞は中距離の最高峰レースとして広く認知されています。
なぜなら、スピードが問われやすい東京コースが舞台なので、持ち時計が優秀な馬が多数参戦しますし、この時期は有力な3歳馬も古馬に交じって出馬を表明することから、毎年豪華メンバーが集結しやすいからです。
東京競馬場の長い直線を舞台に、最後の末脚勝負となる展開が多く、見応えのあるレースとしても有名です。
また、秋のG1戦線の中でも最も早い時期に行われるため、ここでの勝利が三冠達成に向けた勢いを生む重要な一戦でもあります。
このレースを勝った馬は、その年の古馬チャンピオン候補として一気に注目度が高まります。
ジャパンカップ
ジャパンカップは、秋古馬三冠の二戦目に位置づけられる国際G1レースで、毎年11月下旬に東京競馬場で開催されます。
距離は芝2,400m。日本国内だけでなく、世界各国の強豪馬が参戦する国際招待競走として知られています。
創設は1981年で、日本競馬の国際化を象徴するレースとして誕生し、当初から「世界最強馬決定戦」を目指した舞台として多くの注目を集めてきました。
過去にはフランスやアメリカ、イギリスなどの名馬たちが来日し、日本馬と熱い戦いを繰り広げています。
このレースでは、国内トップクラスの馬と世界の強豪が真っ向勝負を繰り広げるため、勝利するには並外れた実力とコンディションの良さが求められます。
また、秋の天皇賞から中3〜4週での出走となるため、疲労との戦いも避けられません。
ジャパンカップを勝利した馬は、世界レベルでの評価も上がると同時に、秋古馬三冠制覇に向けて大きく前進することになります。
有馬記念
有馬記念は、秋古馬三冠の締めくくりとなるG1レースで、毎年12月下旬に中山競馬場で開催されます。
距離は芝2,500mで行われ、1年を通して活躍してきたスターホースたちが集結し、グランプリと呼ばれる日本競馬最大の祭典です。
このレースの大きな特徴は、出走馬の多くがファン投票で選ばれるという点にあります。
人気・実力を兼ね備えた競走馬が集まるため、毎年注目度は非常に高く、競馬ファンの間では“年末の風物詩”ともいえる存在です。
また、舞台となる中山競馬場は直線が短く、コーナーが多い小回りコースであるため、位置取りや展開、騎手の判断が勝敗に大きく影響します。
ジャパンカップからわずか1カ月弱という過密ローテーションも加わり、調整の難しさや疲労の影響も無視できません。
有馬記念を制することは、秋古馬三冠の完成だけでなく、その年の最優秀古馬・年度代表馬の座にも大きく近づくことを意味します。
古馬三冠を達成した歴代名馬2頭

古馬三冠(春または秋のG1三競走すべて)を同一年内に完全制覇した馬は、JRAの歴史上たったの2頭しか存在しません。
それだけに、この偉業を達成することがいかに難しいかがわかります。ここでは、その2頭――テイエムオペラオーとゼンノロブロイの軌跡を振り返ります。
テイエムオペラオー
テイエムオペラオーは2000年に秋古馬三冠を達成した名馬です。
それだけではなく、同一年内に天皇賞(春)と宝塚記念も勝利し、年間古馬中距離G1完全制覇という前人未踏の記録を打ち立てました。
また、テイエムオペラオーは今と違って京都記念や阪神大賞典といったステップレースも勝利し、年間8戦8勝の無敗で完全制覇を成し遂げています。
当時は大阪杯がG2だったので古馬三冠には含まれていませんでしたが、それでも五冠を達成しているのは信じられないですね。
その勝負強さ、抜群の安定感、そしてどんな展開でも勝ち切る粘りは、まさに三冠にふさわしいものでした。
ゼンノロブロイ
ゼンノロブロイは2004年に秋古馬三冠を達成しました。
春も善戦していましたが、秋に入り急成長し、圧巻の三連勝で年末の主役となりました。
とくにジャパンカップと有馬記念では、豪華メンバーを相手に堂々とした競馬を見せ、鞍上のペリエ騎手とのコンビネーションも抜群でした。
この年の活躍によって、ゼンノロブロイは年度代表馬に選出されています。
同一年内に古馬三冠レースを2勝した馬【一覧】

古馬三冠の完全制覇を成し遂げた馬は、テイエムオペラオーとゼンノロブロイのわずか2頭だけですが、あと一歩で達成に届きそうだった名馬たちも多数存在します。
ここでは、春・秋を問わず「古馬三冠レースのうち2勝」を同一年内に収めた有名な競走馬をご紹介します。
年度 | 馬名 | 勝利 |
---|---|---|
2017年 | キタサンブラック | 大阪杯・天皇賞(春) |
2022年 | タイトルホルダー | 天皇賞(春)・宝塚記念 |
2016年 | ディープインパクト | ジャパンカップ・有馬記念 |
2017年 | キタサンブラック | 天皇賞(秋)・有馬記念 |
2020年 | アーモンドアイ | 天皇賞(秋)・ジャパンカップ |
2021年 | エフフォーリア | 天皇賞(秋)・有馬記念 |
2022年 | イクイノックス | 天皇賞(秋)・有馬記念 |
2023年 | イクイノックス | 天皇賞(秋)・ジャパンカップ |
2024年 | ドウデュース | 天皇賞(秋)・ジャパンカップ |
これらの馬たちも、いずれもその年の競馬界を大いに沸かせた実力馬ばかりで、「三冠に最も近づいた存在」として、ファンの記憶に深く刻まれています。
また、近年は秋古馬三冠を2勝している馬も毎年のように出ていることから、日本馬のレベルが高くなっていることがよく分かります。
古馬三冠を達成した時に得られる賞金・褒賞金・ボーナスとは

古馬三冠の完全制覇を達成した馬には、レース本賞金とは別にJRAから特別な褒賞金(ボーナス)が用意されています。
これは競走成績の偉業を称える制度で、ファンや陣営にとっても注目度の高いインセンティブのひとつです。
2025年からは制度が改定され、春・秋問わず、対象の古馬三冠レースを同一年内に3勝した馬には、最大で1億円の褒賞金が支給されます。
対象レースは下記の6レースです。
- 大阪杯
- 天皇賞(春)
- 宝塚記念
- 天皇賞(秋)
- ジャパンカップ
- 有馬記念
この6つの中から同一年に3勝すればOKというルールになっており、春三冠・秋三冠どちらに偏っていても問題ありません。
例えば「大阪杯・天皇賞(秋)・有馬記念」や「宝塚記念・天皇賞(秋)・ジャパンカップ」などの組み合わせも対象です。
ただし、春古馬三冠や秋古馬三冠を達成した場合は、そちらの褒賞が優先されます。
このような褒賞金制度は、関係者のモチベーション向上だけでなく、年間を通じて強い馬がG1に積極参戦する仕組みづくりや有力馬がレースに積極的に参戦することで、競馬全体の売上にもつながっています。
古馬三冠達成が“無理”と言われる理由とは?

これまでに古馬三冠を達成した馬がわずか2頭しかいないことからもわかるように、この三冠制覇は極めて難易度が高い挑戦です。
ファンの間では「古馬三冠 無理」とささやかれることもあるほどで、その背景にはいくつかの明確な理由があります。
ここでは、春と秋それぞれの古馬三冠において「なぜ達成が難しいのか」というポイントを解説していきます。
春古馬三冠は距離適性が大きな壁になる
春古馬三冠(大阪杯・天皇賞(春)・宝塚記念)は、距離がそれぞれ2,000m・3,200m・2,200mと大きく異なります。
このため、すべてのレースに適性のある馬は非常に限られています。
特に天皇賞(春)の3,200mは、現代競馬では敬遠されがちな超長距離が舞台です。
スピード型の馬には大きなハードルとなり、無理に挑戦すれば消耗が大きく、宝塚記念への影響も出やすくなります。
また、梅雨に重なる時期の宝塚記念は重馬場になりやすく、走破タイムよりもタフさが問われる展開になることが多いため、総合力が非常に重要です。
2017年の大阪杯と天皇賞(春)を制したキタサンブラックは今なお語り継がれる名馬でしたが、春古馬三冠に王手をかけた宝塚記念では9着に敗れていることから、いかに優れた名馬でも達成するのは困難であることが伝わります。
秋古馬三冠はローテーションと疲労が最大の敵
秋古馬三冠(天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念)は、開催時期がわずか2カ月ほどのあいだに詰まっており、過密日程が大きな負担となります。
特にジャパンカップから有馬記念までは中3週しかなく、海外帰りの馬や体調維持が難しいタイプには極めて厳しいローテーションです。
また、年末に向かって一線級の馬が揃うため、レベルの高いレースを連戦するプレッシャーも避けられません。
一つのレースを勝つ実力があっても、3戦すべてで万全の状態を維持し、相手関係や展開を乗り越えるのは非常に困難です。
2023年に天皇賞(秋)とジャパンカップを制したイクイノックスは当初有馬記念の参戦を考えていたようでしたが、疲労が回復しないことで回避し、引退しました。
2024年のドウデュースも有馬記念に参戦する予定でしたが、レース当日から3~4日前にハ行が判明したことで競争を取消し、そのまま引退しています。
2頭とも連戦の疲労が積み重なったことから、出走を取りやめましたが、歴代屈指の名馬でも秋古馬三冠を成し遂げるのは容易ではないのです。
それが「秋古馬三冠は現実的に無理」と言われる最大の理由になっています。
古馬三冠のまとめ

「古馬三冠」とは、春または秋に行われる古馬G1レース3勝を指す言葉であり、公式な称号ではなく、ファンや競馬関係者が使う俗称です。
それにもかかわらず、達成の難易度と意義の大きさから、今やクラシック三冠にも匹敵するステータスを持つようになっています。
過去に古馬三冠を達成したのは、テイエムオペラオーとゼンノロブロイの2頭だけでした。その偉業を追いかける名馬たちが、毎年ドラマを生み出しています。
また、2025年からは春秋を問わず、古馬三冠対象レースを3勝した馬に褒賞金が支給される新制度もスタートし、今後はさらなる挑戦が期待されます。
とはいえ、三冠達成は「無理」と言われるほどの過酷な道。
距離の適性、ローテーション、体調管理、そして運――あらゆる要素をクリアした先にしか、その称号は待っていません。
それでもなお、挑み続ける名馬たちの姿が、多くのファンを魅了してやまないのです。
次なる古馬三冠馬が現れる日は、果たしていつになるのでしょうか。