競馬には、競走馬を矯正するために使用する馬具と呼ばれるものがあります。
一昔前なら、メンコやブリンカーといった簡易的なものが主流でした。しかし、昨今では様々な馬具が開発され、レースで目にすることも多くなりました。
そこで今回は、競走馬に使用されている馬具について紹介します。
また、馬具を使用したことで矯正され名馬に上り詰めた競走馬も合わせて紹介しますので、ぜひ最後までお楽しみください。
競馬はどうして矯正馬具が必要なのか?
そもそも馬は、とても臆病な草食動物です。
さらに自然界で肉食動物から逃れるため、馬にはその発達したとされる広角な視野と遠方まで聞こえる聴覚が備わっているといいます。
しかし、この人間では計り知れない視野や聴覚が、時には臆病な性質と相まってしまい、マイナス部分に働いてしまうことがあるようです。
分かりやすくいえば、パドック会場や馬場入場時、ファンファーレなど、大勢の観客が集まる場所や歓声が上がるといった時ですね。
そう考えると、何も対策を施さない競走馬にとっては、それぞれが持つ能力を最大限に発揮することはできません。
そこで、パドックやレースなどにおいて、競走馬の不安を少しでも和らげながら視覚や聴覚を制限するため、矯正馬具が開発されたのです。
競馬で使用される馬具一覧
ここからは、実際にレースで使用する馬具の種類と効果について解説します。
レースでよく目にする馬具にはさまざまな効果があるので、ぜひ最後までご高覧ください。
メンコ
メンコとは、競走馬が被っている覆面のことをいいます。
これは、耳を覆い被させることで音に敏感な競走馬や、前にいる馬の蹴り上げた砂や芝の塊が顔に飛んでくるのを気にする競走馬に対して効果があるといわれています。
また、覆面部分がなくイヤーネットと呼ばれる耳を覆えるだけのものを使用する場合もありますが、その大半は、パドックや馬場入場時の返し馬の時だけに使用されることが多いです。
これは前述の通り、風の音や歓声を遮断する効果を期待するものですが、逆に音を遮ることで集中力が高まる一方、音が聞こえないことにより不安を募らせ、レース本番で能力を発揮できない競走馬もいるからです。
なお、このような場合、レース前でもすぐに取り外しができるよう、頭絡の上から装着するタイプのメンコを使用しますが、通常のメンコは耳を覆い被せる覆面タイプのものがほとんどです。
ブリンカー
ブリンカーは、メンコの目穴部分を合成ゴムやプラスチックカップで覆うものをいいます。
これによって、視界の一部(側面)を遮ることができ、前方しか見えなくなった競走馬の意識を集中させる効果があります。
なお、別名で遮眼革や遮眼帯ともいわれ、カップのような形をしていることが特徴的です。
また、片側だけのブリンカーや取付カップの深さを調整するなど、競走馬の性格や悪癖によって形状は様々。
そして、レースで使用する場合は、申請が必要とされており、競馬新聞などの出馬表には『B』と表記されるのもブリンカーの特徴です。
上記の通り、基本的にブリンカー着用は気性の悪い競走馬に取り付けることが多く、近年で思い出されるのが、芦毛の暴君との異名を持ったゴールドシップでしょうか。
※画像はJRAより引用
シャドーロール
頭絡の鼻革に装着するボア生地のことをシャドーロールといいます。
これは、地面に映る影や芝の切れ目などに驚く競走馬の下方の視界を遮ることで前方に意識を集中させる効果を期待されます。
また、レース中に頭を上げてしまう悪癖のある競走馬に対し、使用すれば、頭を下げさせる効果もあるそうです。
なお、シャドーロールといえば、1994年に史上5頭目のクラシック3冠馬に輝いたナリタブライアンではないでしょうか。
さらに近年では、2014年のスプリンターズステークス(G1)を勝ったスノードラゴンの黄色いシャドーロールが『バナナみたいでかわいい』と親しまれていましたね。
※画像はJRAより引用
チークピーシーズ
チークピーシーズとは、頭絡の頬革に装着されるボア生地の矯正馬具です。
シャドーロールは、下方を遮るものですが、チークピーシーズ左右の視界を制限し、見えにくくすることで前方に意識を集中させることが効果につながります。ちなみに正式名称はシープスキン・チークピーシーズといいます。
なお、ブリンカーとは違い、JRAに装着の事前申請は必要ありません。
よって、枠順や天候などを見てからの着用が可能ですので、試しやすい馬具でもあります。
そんなチークピーシーズといえば、鮮やかな水色のメンコに合わせて、チークピーシーズを着用した障害最強馬オジュウチョウサンのトレードマークでしたね。
オジュウチョウサンは、幼駒時代から小さな音で驚いてしまうような臆病な競走馬だったそうです。
そのため、集中力を失ってしまう欠点がありました。そこでチークピーシーズが装着されたことにより、想像以上の効果を発揮。最強の障害馬に上り詰めたのです。
※画像はJRAより引用
ライゾネット
ホライゾネットは、メンコの目穴部分をネットで覆うもので別名パシュファイヤーと呼ばれています。
これは、前を走る競走馬の跳ね上げた砂が眼にかかるのを嫌がる競走馬に用いられることが多く、また、視野を制限するため、パドックや返し馬などでうるさい馬を落ち着かせる効果も期待されます。
なお、近年でホライゾネットを着用している競走馬といえば、2023年の東京新聞杯(G3)などを勝利し、G1戦線でも活躍しているウインカーネリアンを思い浮かべますね。
※画像はJRAより引用
バンテージ
競走馬の脚に巻く包帯のことをバンテージといいます。
日本では『肢巻き』ともいわれますが、バンテージの方が一般的ですね。
これは、競走馬が運動する際、脚を保護する目的と運動後の保温のために使用されます。
また近年では、競走馬に対して、オシャレの意味合いや厩舎、馬主は全員同じ色などもよく見かけます。なお、バンテージに限らず、メンコやシャドーロール、チークピーシーズも該当します。
ブローバンド
※画像はJRAより引用
シープスキン・ブローバンドが本馬具正式名称です。
これは、頭絡の額革にボア状のものを装着したもので、上後方を見えにくくして馬の意識を前方に集中させる効果を期待して用いられる馬具のことをいいます。
シャドーロールとは真逆の効果となりますが、あまり取付している競走馬はいませんので、パドックなどで見かけると非常に珍しいかも知れませんね。
折り返し手綱
※画像はJRAより引用
折り返し手綱とは、腹帯から『はみ環』を通した手綱のことをいいます。
通常の手綱よりも制御力が強く、特に頭を上げる癖のある競走馬の挙動抑制に使用されています。
なお、地方競馬では、使用制限を設けているところもありますが、JRAでは、使用禁止馬装具に該当しないため、使用可能となっています。
ただし、海外競馬でも使用制限を設けているところもあり、香港競馬のローカルルールでは、折り返し手綱の使用は禁止されています。
そんな折り返し手綱ですが、とても気性が悪い競走馬でも無理矢理まっすぐに走らせるほどの強力な拘束力を発揮します。
そのため一度でも取付られた競走馬は、折り返し手綱のあまりの拘束力に暴れて反抗し、騎手を振り落とそうしたり、一切動かなくなったり、人間そのものが嫌いになるなど、再び装着することが困難になるほど。
また、馬体が強力な拘束力に耐えきれずに頸椎骨折で即死するなど、矯正する以上に死を伴うリスクが判明しました。
その結果、折り返し手綱は、動物虐待であると動物愛護の観点から使用中止すべきという意見が極めて多いことも特徴の1つです。
よって、あまり目にすることが少ない折り返し手綱ですが、重賞を6勝したメイケイエールには、それが取り付けられました。
それでもなかなか気性難が解消されなかったメイケイエールは、ある意味すごい競走馬だったといえますね。
むながい
※画像はJRAより引用
むながいとは、競走馬の胸から鞍橋に掛け渡す革紐のことで鞍の位置が変わらないようにするための補助的な馬具をいいます。
これは、鞍ズレ防止と合わせて不良体形により鞍変位を起こす危険性のある競走馬に用いられますが、騎手の安全や競走馬の全力疾走にとっても重要な馬具でもあります。
そしてむながいといえば、2018年の安田記念(G1)を制したモズアスコットに着用されていたことが有名ですね。
なお、尻にかけて鞍橋を固定させる革紐『しりがい』とともにむながいは、競走馬の負担重量に加算されません。
舌縛り
※画像はJRAより引用
その名の通り、競走馬がハミを越して舌を出す癖を矯正できない場合に使用する馬具です。
舌縛りは、舌の損傷を避けるため、適度に幅広い包帯や専用の装具などがあります。
この方法は、レースの際に舌を引っ込めることで、気管を防いでしまう癖のある競走馬や一過性軟口蓋背方変位、通称DDSP(Transient dorsal displacement of soft palatal)という疾病を発症しやすい馬にも有効です。
これは、舌を大きく動かすことができず、馬に苦痛を与えるようにも思えますが、実際はそれほど苦痛を与えるものではないそうです。
そして、レースなどでよく舌を一方に出して走っている競走馬を目にすることがありますが、あれは故意に出しているのではなく、矯正された結果そのようになっています。
※画像はJRAより引用
なお、少し前の話になりますが、2014年のアーリントンカップ(G3)を勝ったミッキーアイル、阪急杯(G3)のコパノリチャード、中山記念(G2)のジャスタウェイは、それぞれの重賞勝ち馬が全て舌を縛っている姿が写し出されていました。
競馬の馬具のまとめ
今回は、競馬に関する馬具について紹介しました。
矯正馬具といっても様々な種類があり、それぞれ違った効果が得られることを知っていただけたと思います。
なお、競走馬にとって、矯正馬具を取り付けられることは、あくまで人間側の都合ですので、決して望んではいないと思いますが、仮に「それは能力を最大限に発揮するため」「安全に競馬を施行するため」と理解してもらえるなら、人馬ともに苦労はしないはずです。
それだけ馬具というのは、競馬において欠かせない大事な道具の1つだといえるのではないでしょうか。