京都競馬場と聞けば、春の天皇賞や菊花賞などの大レースを思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、かつての京都競馬場には、競走馬とは別にファンから親しまれていた動物がいました。
それが、内馬場の池で飼育されていた白鳥です。
京都競馬場の白鳥は1957年に導入され、レース名やスタンド名にも影響を与えるほど、競馬場を象徴する存在になりました。
ところが、2016年に高病原性鳥インフルエンザが確認され、長く続いた白鳥の飼育は終わりを迎えます。
この記事では、京都競馬場に白鳥がいた理由や導入された時期、スワンステークスとの関係、現在は飼育されていない理由まで、初心者向けに分かりやすく解説します。
京都競馬場の白鳥はいまもいる?

昔の京都競馬場を知っている人のなかには、現在も内馬場の池に白鳥がいると思っている人がいるかもしれません。
しかし、現在の施設案内などを確認しても、白鳥の飼育は紹介されていません。
結論からいうと、現在の京都競馬場では白鳥を飼育していません。
以前は、コースの内側に設けられた池などで多くの白鳥が飼育されていました。
開催日には競走馬がコースを走る一方、その内側では白鳥が水面を泳いでおり、ほかの競馬場ではなかなか見られない独特の風景が広がっていたのです。
白鳥は単に競馬場で飼われていた動物ではありません。
重賞のスワンステークスや、旧スタンドのビッグスワン、グランドスワンという名称にもつながる、京都競馬場のシンボルでした。
京都競馬場にはなぜ白鳥がいた?

京都競馬場で白鳥の飼育が始まったのは、戦後の競馬人気が高まり、競馬場の施設や景観が少しずつ整備されていた時代です。
白鳥を導入したことで、競馬を見るだけでなく、来場者が場内の風景も楽しめる競馬場になりました。
京都競馬場に白鳥が導入されたのは1957年で、オランダから購入された白鳥が飼育の始まりとされています。
ただし、「なぜオランダから白鳥を導入したのか」という具体的な理由については、現在確認できるJRAの公開資料では詳しく説明されていません。
競馬場の景観を整え、来場者が親しみやすい環境をつくる目的があったと考えられますが、公式に示された導入理由として断定することはできません。
最初に導入された白鳥は何羽だった?
最初に導入された羽数については、資料によって数字が異なります。
競馬専門メディアの歴史記事では16羽と紹介されている一方、過去の競馬雑誌をもとにした一部の資料では8羽だったとする記述もあります。
現在閲覧できるJRAの公式資料では、1957年にオランダから購入したことは確認できますが、最初の正確な羽数までは明記されていません。
そのため、記事としては「8羽または16羽とする資料があり、正確な羽数は確認できない」と説明するのが適切でしょう。
最盛期には約70羽まで増加
導入後、白鳥は京都競馬場内で繁殖し、その数を増やしていきました。
JRAの過去のレース解説では、一時期は約70羽の白鳥がいたと紹介されています。
数羽から始まったとされる白鳥が約70羽まで増えたのですから、長い間大切に飼育されていたことが分かります。
白鳥が泳ぐ姿は京都競馬場の日常的な風景となり、競馬ファンだけでなく、家族連れにも親しまれていました。
スワンステークスの名前も京都競馬場の白鳥が由来?

京都競馬場では毎年、スワンステークスという重賞が行われます。
「スワン」は英語で白鳥を意味するため、競馬場で飼育されていた白鳥との関係を想像する人も多いでしょう。
スワンステークスは、白鳥が導入された翌年の1958年に創設されました。
創設当初は、現在のような秋の芝1,400メートルではなく、春の京都芝1,800メートルで行われる古馬のハンデキャップ競走でした。
その後、距離や開催時期、出走条件が何度か変更され、現在は秋のマイルチャンピオンシップにつながる重要なG2として定着しています。
現在のJRA公式解説では、「スワン」は英語で白鳥を意味し、旧スタンドのビッグスワン、グランドスワンにも使われた名称であると紹介されています。
また、JRAが過去に掲載したレース名の解説では、内馬場の池で飼育されていた白鳥とのつながりも説明されていました。
現在は白鳥がいなくなっても、スワンステークスというレース名には、京都競馬場で白鳥が愛されていた歴史が残っています。
京都競馬場の白鳥はなぜいなくなった?

京都競馬場から白鳥がいなくなった大きなきっかけは、2016年12月に発生した高病原性鳥インフルエンザです。
当時の京都競馬場では、46羽のコブハクチョウが飼育されていました。
京都府の公式記録によると、12月19日に5羽、20日に1羽、22日に2羽が死亡しています。
死亡した8羽を検査した結果、7羽から高病原性鳥インフルエンザウイルスのH5N6亜型が確認されました。
感染拡大を防ぐため、死亡した8羽を除く残りの38羽も防疫措置として淘汰され、京都競馬場で飼育されていた白鳥はいなくなりました。
ここで使われる「淘汰」とは、別の施設へ移したという意味ではありません。
鳥インフルエンザの感染拡大を防止するため、残っていた白鳥も殺処分されたことを表しています。
白鳥がいた池では消毒が行われ、野鳥などが入らないようにネットを設置するなどの防疫対応も取られました。
鳥インフルエンザ発生後に再導入されなかった理由
2016年の出来事から時間がたった後も、京都競馬場に白鳥は戻っていません。
鳥インフルエンザの再発リスクや飼育動物の安全、防疫管理などを考えると、再導入が難しかった可能性はあります。
しかし、これは状況から考えられる理由であり、JRAが「この理由で再導入しなかった」と具体的に説明した公開資料は確認できません。
白鳥を再導入しなかった公式な理由は公表されていないため、鳥インフルエンザ対策だけが理由だったと断定しないことが大切です。
「ビッグスワン」「グランドスワン」の名前にも白鳥の名残
京都競馬場の白鳥は、重賞名だけでなく、かつてのスタンド名にも大きな影響を与えました。
旧京都競馬場には、「ビッグスワン」と「グランドスワン」と呼ばれる2つのスタンドがありました。
1980年に完成したスタンドは、当初からグランドスワンと呼ばれていたわけではありません。
1999年に新しい西側スタンドが完成し、こちらがビッグスワンと名付けられた際、従来のスタンドがグランドスワンと呼ばれるようになりました。
スワンステークスだけでなく、競馬場の主要な建物にも「スワン」の名が付けられたことから、白鳥が京都競馬場を代表する存在だったことが分かります。
ビッグスワンは駅に近い西側、グランドスワンはゴール付近を中心とする東側に位置し、多くの競馬ファンに長年親しまれました。
リニューアル後の京都競馬場と白鳥
京都競馬場は開設100周年記念事業の一環として、2020年から2023年にかけて大規模な改修工事が行われました。
2023年4月に「センテニアル・パーク京都競馬場」としてグランドオープンし、スタンドやパドック、観戦エリアなどが大きく生まれ変わっています。
リニューアルでは、従来のグランドスワンに代わる新スタンドが「ゴールサイド」、旧ビッグスワンが「ステーションサイド」と名付けられました。
現在のスタンド名からは「スワン」という言葉がなくなり、リニューアル後も白鳥の飼育は再開されていません。
また、現在公開されている京都競馬場の施設案内では、白鳥を中心とした常設展示や専用の記念施設は確認できません。
場内に白鳥を思わせる形状の設備が残っていると紹介される場合もありますが、JRAが公式に「白鳥の記念物」として案内しているものかどうかは確認できないため、注意が必要です。
新しい京都競馬場だけを訪れた人にとって、かつて多くの白鳥が暮らしていたことは、知られざる歴史になりつつあります。
京都競馬場の白鳥は競馬ファンに愛された存在
かつて京都競馬場を訪れたファンにとって、内馬場の池を泳ぐ白鳥は当たり前のように存在する風景でした。
競走馬が芝コースを駆け抜け、その内側では白鳥がゆっくりと水面を進む光景は、京都競馬場ならではのものでした。
白鳥の存在は、競馬に詳しくない子どもや家族連れが競馬場に親しむきっかけにもなっていたと考えられます。
そして、白鳥は単なる飼育動物という枠を超え、重賞名やスタンド名として京都競馬場の文化に深く入り込みました。
「白鳥がいた」「スワンステークスが生まれた」「スタンドにもスワンの名が付いた」という流れそのものが、京都競馬場の歴史の一部です。
2016年の鳥インフルエンザによって白鳥の姿は失われ、2023年のリニューアルでは施設名からもスワンの名前が消えました。
それでも毎年スワンステークスが行われるたびに、かつて京都競馬場を象徴した白鳥の歴史は、レース名を通じて次の世代へ受け継がれていきます。
まとめ
現在の京都競馬場では、白鳥は飼育されていません。
白鳥は1957年にオランダから導入され、繁殖によって一時期は約70羽まで増えたとされています。
翌1958年にはスワンステークスが創設され、その後はビッグスワン、グランドスワンというスタンド名にも白鳥の名称が使われました。
2016年の高病原性鳥インフルエンザをきっかけに白鳥は姿を消しましたが、スワンステークスの名前には現在も京都競馬場と白鳥の歴史が残っています。
京都競馬場の白鳥は、単なる動物飼育ではなく、レース名や施設名にまで影響を与えた競馬場のシンボルでした。

