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競馬の西高東低とは?なぜ関西馬が強かったのか、今は差がない理由も解説

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競馬では「西高東低」という言葉がよく使われます。

これは関西馬が関東馬より強い傾向を指す表現で、平成の中央競馬では実際にそのイメージが非常に強く定着していました。

背景には栗東トレセンの坂路調教や輸送面の有利さ、厩舎運営の違いなどがあるとされています。

ただ、平成の終わり頃からは関東馬も徐々に勢力を伸ばし、令和に入ってからはG1戦線で目立つ活躍を見せるようになりました。

この記事では、競馬で西高東低と言われた理由と、現在はその差がどう変化しているのかをわかりやすく解説します。

目次

競馬の西高東低とは?意味をわかりやすく解説

競馬では「西高東低」という言葉が、関西馬と関東馬の勢力差を表す際に使われます。

特に平成の中央競馬では関西馬が多くのレースで活躍し、この表現が広く知られるようになりました。

まずは西高東低の意味や、東西の競馬構造について整理していきます。

西高東低とは関西馬が関東馬より強い状態

競馬の西高東低とは、関西馬が関東馬よりも好成績を残している状態を指す言葉です。

特に1990年代から2000年代にかけては、重賞やG1レースで関西馬の勝利が目立ち、この表現がよく使われるようになりました。

単に勝利数が多いだけでなく、全体のレース結果を見ても関西馬が優勢とされる状況が続いたため、競馬界では東西の勢力差を示す言葉として定着しています。

西の栗東、東の美浦という東西構図

中央競馬では、競走馬は主に2つのトレーニングセンターを拠点に調整されています。

関西の栗東トレーニングセンターと、関東の美浦トレーニングセンターです。

栗東に所属する調教師の馬は関西馬、美浦に所属する調教師の馬は関東馬と呼ばれます。

この東西のトレセン構造があるため、レース結果の傾向を語る際に「西高東低」という表現が使われるようになりました。

競馬ファンの間で長く使われてきた言葉

西高東低という言葉は、競馬ファンや競馬メディアの間で長く使われてきた表現です。

特に平成の競馬では関西馬の活躍が目立ち、多くの重賞やG1で関西馬が勝利を重ねていました。

そのため、競馬の勢力図を説明する際には「西高東低」という言葉が自然と使われるようになりました。

現在は関東馬の活躍も増えていますが、この表現は競馬史を語るうえで今でもよく登場します。

競馬で西高東低と言われたのはなぜか

競馬で西高東低と言われるようになった背景には、調教施設や厩舎運営などさまざまな要因があります。

特に関西の栗東トレーニングセンターは、設備やトレーニング方法の面で早くから発展していました。

ここでは、西高東低が生まれた主な理由を見ていきます。

栗東トレセンの坂路調教が大きかった

西高東低の大きな要因とされているのが、栗東トレーニングセンターの坂路調教です。

栗東では1985年に坂路コースが整備され、坂を利用した負荷の高いトレーニングが可能になりました。

坂路調教はスピードやパワーを鍛える効果が高く、実際に坂路を活用した馬が次々と好成績を残すようになります。

このトレーニング方法が広く浸透したことで、関西馬の競走能力が底上げされ、西高東低と呼ばれる状況につながったと考えられています。

栗東の方が開場が早く、施設面で先行していた

栗東トレーニングセンターは1969年に開設され、美浦トレーニングセンターよりも早く運用が始まりました。

関西では京都、阪神、中京といった競馬場の厩舎が栗東に集約され、調教環境が整備されていきました。

一方、美浦トレセンの開場は1978年で、関西より遅れてスタートしています。

この差によって施設や調教ノウハウの蓄積に違いが生まれ、結果として関西馬が優勢な時代が続いたと言われています。

調教と世話を一体化する厩舎運営も関西が先行していた

西高東低の背景には、厩舎の運営方法の違いもあります。

関西では、調教と日常の世話を同じ担当者が行う体制を早くから取り入れていました。

この方法は馬の状態を細かく把握しやすく、調教内容を柔軟に調整できるメリットがあります。

効率的な厩舎運営が可能になったことで競走馬のコンディション管理が向上し、関西馬の成績向上につながったと考えられています。

栗東が有利だったもう一つの理由は輸送のしやすさ

西高東低が生まれた理由として、調教環境だけでなく立地条件の違いも指摘されています。

特に栗東トレーニングセンターは交通の便がよく、各競馬場への輸送が比較的スムーズでした。

こうした移動面の有利さも、関西馬の活躍を後押しした要因と考えられています。

ここでは、栗東が輸送面で有利とされてきた理由を見ていきましょう。

栗東は京都・阪神・中京に近い

栗東トレーニングセンターは滋賀県に位置しており、京都競馬場や阪神競馬場に近い場所にあります。

さらに中京競馬場への移動もしやすく、関西圏の主要競馬場へ短時間で到着できる立地です。

レース当日の輸送時間が短いと競走馬の負担が軽くなり、コンディションを維持しやすくなります。

この地理的なメリットにより、関西馬は安定した状態でレースに臨みやすかったと考えられています。

関東遠征でも美浦より負担が軽いケースがあった

栗東の立地は関西の競馬場に近いだけでなく、遠征の面でも有利な場合がありました。

例えば関東方面へ向かう場合でも、高速道路網が整備されていたことで輸送時間を比較的短く抑えることができたのです。

一方、美浦トレーニングセンターは交通アクセスがやや不便な場所にあり、遠征時の移動時間が長くなることもありました。

こうした輸送条件の違いも、東西の成績差を生む一因とされています。

平成の競馬は西高東低がかなり強かった

平成の中央競馬では、西高東低と呼ばれる東西格差が非常に強く意識されていました。

特に重賞やG1レースでは関西馬の活躍が目立ち、多くのビッグレースを栗東所属の競走馬が制していた時代が続いています。

当時の競馬界では、関西の栗東トレーニングセンターの調教環境や厩舎運営が高く評価され、関西馬がレースで結果を残すケースが多く見られました。

一方で関東の美浦トレーニングセンターは成績面で劣勢とされ、競馬ファンや関係者の間では「栗東は1軍、美浦は2軍」とまで言われるほど東西の実力差が語られていた時期もあります。

もちろん関東馬にも活躍する名馬は存在しましたが、全体のレース結果を見ると関西馬が優勢とされる状況が長く続きました。

こうした背景から、平成の競馬は西高東低の構図が強く表れていた時代として語られることが多いです。

平成末期から令和にかけて関東馬が台頭した理由

長く続いた西高東低の構図ですが、平成の終わり頃から徐々に変化が見られるようになりました。

近年は関東馬の活躍も増え、G1レースでも美浦所属の競走馬が目立つようになっています。

ここでは、関東馬が台頭してきた背景を見ていきましょう。

美浦の調教環境が改善された

関東馬が活躍するようになった理由の一つとして、美浦トレーニングセンターの調教環境の改善が挙げられます。

施設の整備や調教方法の進化によって、栗東に劣らないトレーニング環境が整ってきました。

また、坂路コースの改修なども行われ、より高い負荷をかけた調教が可能になっています。

こうした環境の変化により、美浦所属の馬でも能力をしっかり引き出せる体制が整い、関東馬の成績向上につながりました。

ノーザンファーム天栄など外厩の発展が大きい

関東馬の台頭を語るうえで欠かせないのが、外厩施設の発展です。

特にノーザンファーム天栄は多くの有力馬を調整してきた施設として知られています。

レース前の調整を外厩で行い、状態が整った段階でトレセンへ戻すという調整スタイルが定着しました。

この仕組みによって美浦所属の馬でも高いレベルの調整が可能となり、関東馬の競争力が大きく向上したと言われています。

関東にもトップホースが続々と現れた

近年は美浦所属のトップホースも次々と登場し、G1戦線で大きな存在感を示しています。

世界的な名馬として知られるイクイノックスや、G1を多数制したアーモンドアイは関東馬の代表格です。

さらに短距離からマイルで活躍したグランアレグリア、日本ダービーを制したドゥラメンテ、マイラーのソングラインなど、美浦所属の名馬が続々と誕生しました。

こうしたトップホースの登場によって関東馬の評価は大きく変化し、現在では東西の差は以前ほど大きくないと言われています。

競馬予想で西高東低はまだ使えるのか

西高東低という言葉は、競馬の勢力図を語るうえで長く使われてきました。

現在は東西の実力差が以前ほど大きくないとはいえ、予想のヒントとして参考になる場面もあります。

ここでは、競馬予想で西高東低をどのように考えるべきかを見ていきましょう。

G1では東西だけで決めつけない方がよい

G1レースでは、東西の所属だけで優劣を判断するのはあまり適切とは言えません。

近年は関東馬のトップホースも多く誕生しており、G1戦線では東西の差が小さくなってきています。

イクイノックスやアーモンドアイのように、美浦所属の馬が世界レベルの活躍を見せるケースもあります。

そのためG1では所属よりも、能力や適性、レース展開などを総合的に判断することが重要です。

関西馬は人気しやすく、馬券では回収率も考えたい

西高東低のイメージが強いことから、関西馬は馬券で人気になりやすい傾向があります。

実績や調教評価が高い関西馬は多くのファンから支持されるため、オッズが下がることも珍しくありません。

そのため予想では単純に関西馬を重視するだけでなく、オッズとのバランスも考える必要があります。

人気の関西馬を軸にするだけでなく、期待値の高い関東馬を狙うことで馬券戦略の幅も広がるでしょう。

まとめ|競馬の西高東低は今も残るが、昔ほどではない

競馬の西高東低とは、関西馬が関東馬より強い傾向を表す言葉です。

背景には栗東トレーニングセンターの坂路調教や施設面の充実、輸送のしやすさなどがあり、平成の中央競馬では関西馬が優勢とされる時代が長く続きました。

当時は「栗東は1軍、美浦は2軍」とまで言われるほど東西の差が語られていた時期もあります。

しかし平成末期から令和にかけては、美浦の調教環境の改善や外厩施設の発展によって関東馬の活躍も増えてきました。

現在の中央競馬では、関東馬と関西馬の差は以前ほど大きくありません。

西高東低という言葉は残っているものの、東西の勢力差はかなり縮まっていると言えるでしょう。

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