競馬において、騎手が使用する鞭(むち)は切っても切れないものです。それは、競走馬に対しての合図の役割を果たすものだからです。
しかし見ている側は、いくら合図とはいっても鞭で馬を叩くわけですから、刺痛を与えるのではないか、叩かれた馬は痛いのではないかなど疑問を持っている方も多いと聞きます。
そこで今回は、競馬で使用する鞭について、解説していきたいと思います。
先述したとおり、競馬で鞭は必要不可欠ですので、その鞭がどういった役割を果たすのか、また鞭の使用ルール、そして、鞭に対する痛みの疑問なども紹介しますので、ぜひ最後までお楽しみください。
競馬で使用される鞭とは
まず、競馬で使用する鞭とは、競走馬に騎乗する騎手が使用する道具の1つです。ただ、鞭といっても長さや素材が規定としてあります。
それは、長さ77センチ未満、衝撃吸収素材を使用しているパッドが着用されているものでなければならないというものです。
一昔前は、ピアノ線やクジラのひげ・皮などから作られていましたが、捕鯨禁止条約の問題により現在では使用不可となり、鞭の素材にグラスファイバーが使用されています。
なお、鞭には上記の規定範囲で長い・短い、硬い・柔らかいなど、いろいろな種類があり、値段も数万円から数十万のものまでと様々。そんな鞭は、騎手にとって、大事な商売道具の1つでもあります。
競馬でなぜ鞭を使用するのか 鞭の意味と役割を解説
続いては、競馬における鞭の意味と役割について説明します。
一般的に競走馬の馬体重は500キロ、騎手は50キロと10倍もの差があります。競走馬の観点からみれば、小さい子供が大人の背中に乗って悪戯する程度ではないでしょうか。
そう考えると、無理に言うことを聞く必要もなければ、騎手を力で振り落とすことなど、簡単だと思います。
ただ、日頃、世話をしてくれている関係者のために走ってるのかは解りませんが、元来馬とは、本能のまま競走する生き物です。仮に騎手が落馬しても競走馬は、他馬に付いていく形でゴール板を通過する動きがまさに本能ではないでしょうか。
また、すべての競走馬が、そうであるかといえば、そうではありません。自ら走るタイプと走らないタイプ、気性が激しかったり、走る気満々の競走馬など、抑えるのに一苦労しますよね。
さらに走る気がない競走馬や気を抜いてしまう競走馬、いわゆる”ソラを使う”競走馬は、逆に騎手が合図する必要があります。そのため、最後の直線や勝負どころで騎手が鞭で叩いたり、手綱を扱い競走馬を追うなどの指示をします。
そのアシストとして鞭を使用し、指示を行っているのです。
ただし、牡馬やセン馬と違い、少しナイーブな牝馬に対し、騎手は折り合いにも特段気を付け、鞭を叩く際も少々神経を使うそうです。これを聞くと改めて、命がけで騎乗する騎手たちの苦労が窺えます。
競馬で使用する鞭は痛い?痛くない?かわいそうに対する見解
競馬において、鞭の必要性は理解していただけたと思いますが、それでも競走馬に対し、痛みを与えるものと思われる方がいらっしゃるかも知れません。
ここで少し違った観点からみてみたいと思います。
競馬と同じく競走馬を扱うスポーツとして乗馬があります。
実は、乗馬の世界でも鞭を使用します。
それは、馬に合図する必要があるためです。ただし、乗馬では、主に脚、手綱を含めた拳、体重移動などの主扶助で合図を行いますが、より馬に理解させやすくするために副扶助とよばれる舌鼓(ぜっこ)や声、鞭などを併用します。
これを競馬に置き換えますと、特殊な騎乗スタイルのため主扶助は拳以外使えませんよね。従って副扶助である鞭を多用することにつながるわけです。
さらに違った観点からみてみますと、西部劇のカウボーイの靴の踵をご存じでしょうか。その踵には、歯車みたいな拍車が付いています。そこで競走馬を蹴って合図を送ります。
これは、物事を急いで仕上げたいときに「拍車をかける」という語源となっています。
そう考えると、500kg前後もあり厚い革皮で覆われている競走馬にとっては、先述の通り、大人に対して小さな子供が小さな鞭で叩くようなものです。
さらに競走馬は、騎手を振り落としたあとでも必死で走ってゴールします。
仮に鞭が痛いから走るのであれば、騎手が落馬した瞬間、脚を止めると思いますので、決して鞭が痛いから走っているわけではありませんし、痛みを伴うようなものではないと考えます。
基本的に競馬は、人間のエゴイズムによって競走馬を走らせますが、立派なプロスポーツとして確立していますので、競走馬にとって鞭を使用することは、危険ではないと判断された結果ではないでしょうか。
競馬における鞭の使用ルール
次に鞭の使用ルールについて説明します。
競馬において、競走馬に対し一度のレースで鞭が使用できる回数に制限があります。
それは、連続で鞭の使用上限が5回までとなっています。
なお、規定以上の使用が確認されると騎手は制裁・処罰を受けなければなりません。
これは、競走馬の安全面や競馬の健全性を考慮したもので、2011年に全国の地方競馬において作られたルールです。ちなみに2022年までは連続10回までとされていました。
また、鞭の連続使用については、馬の完歩数で計測され、2完歩以上の間隔が空けば、連続使用の回数はリセットされます。
そして、これらのルールは、日本国内を対象とした鞭に関するものであり、海外では日本とは若干ルールが異なり、国によっての差もあります。
競馬におけるさまざまな鞭入れの名前について
実は競馬にはさまざまな使い方があり、同時に鞭の使い方にはそれぞれ名称がついています。
競馬で鞭を使うことを「鞭を入れる」、もしくは「鞭入れ」といいますが、ここからは鞭入れの名称について紹介します。
見せ鞭
見せ鞭とは、その言葉の通りですが、鞭を競走馬に対し、見せることで走る意欲を向上させることができる場合があります。
これは、鞭で叩かれた場合、走る気力を失ってしまう競走馬に対して、馬の視界に鞭が見えるようにすることで叩かれたくないという思考から少しでも速く走ろうとする競走馬に有効とされています。
また、鞭を使用することで能力を発揮する競走馬に対し、鞭で叩く前に鞭を見せることで「これから叩くぞ」といった合図として使われることもあります。
ただし、すべての競走馬に対して、これらは通用する手段ではなく、競走馬それぞれの性格や調教のやり方によっても効果は異なります。
肩鞭
肩鞭とは、尻部分を叩くと嫌がる競走馬に対し、肩を軽く叩くことによって、お尻を叩いている時と同じような感覚で馬を走らせることができるといわれています。
他にも肩の付近を叩くと、自然と鞭が競走馬の視界に映り込むこともあるため、見せ鞭と同じような効果が生まれることもあります。
出鞭
出鞭とは、レースがスタートした直後に使う鞭の打ち方です。
主に逃げや先行タイプの競走馬が、スタートダッシュを決めて前に出るためや、スタートが遅い競走馬に合図する時などに用いられる手法です。
風車鞭
風車鞭とは、鞭を回転させながら打つことから、風車に見立ててついた呼称・打ち方で、馬車鞭とよばれることもあります。
現在の競馬ではルールの兼ね合いで使用されることがほとんどありませんが、一昔前では、外国人騎手や地方競馬でよく目にしました。
思い出されるのは、1989年のジャパンカップ(G1)にて、オグリキャップと死闘を演じたニュージーランドの名牝・ホーリックスに騎乗したオサリバン騎手ですね。
この風車鞭の打ち方の見た目は豪快かつ乱暴な感じに見えますが、走っている馬の動きやテンポに合わせて打たなければならないので、高度な技術が要求されます。少しでも気になった方は、ぜひ当時のジャパンカップを見てみてください。
競馬の鞭のまとめ
今回は、競馬においての鞭について紹介しました。
本記事を読んでいただき、鞭の必要性および目的、鞭の使用ルールや打ち方などがご理解いただけたと思います。
そして、人間の感覚で考えますと、どうしても鞭で叩く=痛くないの?と疑問を持つ方もいらっしゃるかと思いますが、その疑問が少しでも解けましたら幸いです。