中央競馬(JRA)のCMは、毎年新しいものが公開されています。
近年は、若手俳優や女優を起用したCMが多く制作されており、主に若年層をターゲットにしたプロモーションが展開されています。
しかし、過去には「JRAの本気」と称される、競走馬を主役にしたかっこいい演出のCMも存在しました。
本記事では、そんなJRAのCMの中でも特に「かっこいい」と評判の高い、2011年から2013年に放送されたCMをまとめました。
2011年のJRAのCM「20th Century Boy」
2011年のJRAのCM「20th Century Boy」は、T・レックスの名曲をBGMに使用し、20世紀末の競馬を象徴する名馬たちの姿を映し出した映像作品です。
オグリキャップ、トウカイテイオーなど、時代を築いた名馬たちの勇姿が次々と登場し、競馬の歴史を鮮やかに振り返る構成になっています。
その迫力ある映像と音楽の組み合わせが、多くの競馬ファンの心をつかみました。
最初に、2011年のCMに登場した馬を映像とともに紹介します。
桜花賞
主役は1993年の桜花賞を制したベガです。
CMでも触れられているように、新馬戦の後に左前脚に異常が出たものの、その後回復し、桜花賞だけではなく、オークスも勝利した二冠馬です。
古馬になってからは成績不振のため引退しましたが、繁殖牝馬入りしてからは1999年の日本ダービーを制したアドマイヤベガを輩出、それ以外にも、セントライト記念を制したアドマイヤボスや、ダートG1(Jpn1)を6勝したアドマイヤドンを輩出し、繁殖牝馬としても素晴らしい成績を残しています。
なお、ベガの桜花賞のCMは同時期に発生した東日本大震災のため、お蔵入りとなっていてテレビでは放送されていません。
皐月賞
主役は1992年の皐月賞を制したミホノブルボンです。
当時最新設備であった坂路で鍛え抜かれた馬で、正確なペースで逃げを打つ馬として知られています。
無敗で朝日杯3歳ステークス(現在の朝日杯FS)、皐月賞、そして日本ダービーを制し、菊花賞を制することができればシンボリルドルフ以来となる無敗の三冠馬に成り得たのですが、ライスシャワーの2着に敗れ、そのまま引退しました。
天皇賞(春)
主役は1992年の天皇賞(春)を勝利したメジロマックイーンです。
オーナーの意向により、ステイヤー色の強い馬として誕生したメジロマックイーンは古馬になってから中・長距離の舞台で大活躍しました。
1992年の天皇賞(春)を勝利したことで、父メジロティターン、祖父メジロアサマと天皇賞親子3代制覇を成し遂げています。
種牡馬としても活躍し、オルフェーヴルやゴールドシップ産駒の血統をさかのぼればメジロマックイーンに辿り着きますよ。
日本ダービー
主役は1991年の日本ダービーを勝利したトウカイテイオーです。
CMで紹介されている「七冠の父」とは、史上初の無敗の三冠馬であるシンボリルドルフのことで、父の活躍を照らし合わせるべく、無敗で皐月賞とダービーを勝利しました。
ところが、その後は骨折を4度も発症し、怪我と戦いながらターフでしのぎを削りました。
中363日ぶりの有馬記念制覇はいまなお伝説として語り継がれています。
安田記念
主役は1998年の安田記念を制したタイキシャトルです。
〇外の馬でマイルであれば芝・ダート問わず活躍しており、通算成績13戦11勝、2着と3着それぞれ1回ずつという輝かしい結果を残しました。
安定した活躍、そしてパフォーマンスからいまなお最強マイラーとして名を馳せています。
宝塚記念
主役は1998年の宝塚記念を制したサイレンススズカです。
古馬になってからハイペースの大逃げという、机上の空論のような競馬スタイルで台頭し、宝塚記念の制覇でG1入りを果たしました。
その後も快進撃を続けていましたが、1998年の天皇賞(秋)において、レース中に故障してしまい、そのまま予後不良となりました。
菊花賞
主役は1992年の菊花賞を制したナリタブライアンです。
皐月賞を3馬身半差、日本ダービーを5馬身差で勝利し、菊花賞では7馬身差で圧勝し、史上5頭目となるクラシック三冠を達成しています。
古馬になってからは思った以上の活躍を残せませんでしたが、それでもマヤノトップガンとマッチレースを繰り広げた1996年の阪神大賞典のように、歴史に残るような走りを見せていました。
天皇賞(秋)
主役は1999年の天皇賞(秋)で劇的な勝利を収めたスペシャルウィークです。
日本ダービーを制した後、古馬となってさらに成長し、春の天皇賞も優勝。秋には天皇賞(秋)でステイゴールドやセイウンスカイ、ツルマルツヨシにキングヘイローといった強豪と対決しました。
直線での激しい攻防の末、持ち味の豪快な末脚を繰り出し、見事に勝利。その後、ジャパンカップで2着、有馬記念でも好走し、日本競馬を代表する名馬の一頭として名を刻みました。
引退後は種牡馬としてシーザリオなどを輩出し、日本競馬の発展に大きく貢献しました。
ジャパンカップ
主役は1998年のジャパンカップを制したエルコンドルパサーです。
3歳時にはNHKマイルカップとジャパンカップを制し、翌年渡欧。
1999年にはフランスの凱旋門賞で欧州の強豪馬と互角以上の戦いを繰り広げ、惜しくも2着ながら日本競馬のレベルの高さを世界に示しました。
1998年のジャパンカップでは、古馬相手に堂々の走りを見せ、2着のエアグルーヴに2馬身半差をつけて完勝。
その圧倒的な強さで、後の日本馬の海外挑戦の道を切り開いた歴史的な名馬となりました。
有馬記念
主役は笠松の英雄オグリキャップで、地方競馬から中央へと転籍し、数々の名勝負を繰り広げた伝説の名馬です。
引退レースとなった1990年の有馬記念では、連戦の疲れもありながら、ファンの大声援を受けて奇跡の復活を遂げました。直線で一気に伸び、最後はメジロライアンを抑えて劇的な勝利。
スタンドからは「オグリコール」が鳴り響き、日本競馬史に残る感動的なラストランとなりました。
地方出身馬として異例の活躍を見せ、多くの人々に夢を与えた名馬です。
2012年のJRAのCM「The WINNER」
2012年のJRAのCM「The WINNER」は、勝者の輝きをテーマに制作されました。
疾走する競走馬たちの躍動感あふれる映像と、エモーショナルな演出が特徴的です。
特にラストシーンでは、栄光を掴んだ馬とともに、その勝利の瞬間を支えた関係者の姿にもスポットが当てられ、競馬のドラマ性が存分に表現されています。
臨場感あふれる映像美と音楽が相まって、見る者を魅了する仕上がりとなりました。
ここからは、2012年のCMに登場した名馬を紹介します。
高松宮記念
キングヘイローは超良血馬としてデビュー時から注目されていましたが、なかなかG1制覇には届きませんでした。
しかし、6歳になった2000年の高松宮記念で悲願のGⅠ制覇を果たします。距離適性が議論された中でのスプリントG1制覇は衝撃的でした。
引退後もカワカミプリンセスをはじめとする産駒に恵まれ、母の父としてはイクイノックスを筆頭に、ディープボンドやキングズソードといったG1馬がおり、種牡馬としても大成しました。
桜花賞
メジロラモーヌは1986年、桜花賞を制し、後に日本競馬史上初の牝馬三冠を達成した名牝です。
優雅な走りと確かな実力で世代を圧倒し、桜花賞だけではなくオークス、そして当時の秋華賞にあたるエリザベス女王杯も制覇しました。
その安定感と圧倒的な強さから、メジロ牧場の黄金時代を象徴する存在となりました。
引退後は繁殖牝馬としても期待されましたが、後継馬には恵まれませんでした。それでも、日本競馬における牝馬の地位を大きく向上させた功績は計り知れません。
皐月賞
アグネスタキオンは無敗の皐月賞馬として、圧倒的な強さを誇った名馬です。
2歳時から怪物と評され、弥生賞では後のダービー馬ジャングルポケットを完封。その勢いのまま皐月賞も制しました。しかし、屈腱炎により日本ダービーを前に引退。幻の三冠馬とまで言われました。
引退後は種牡馬として成功し、ディープスカイ、ダイワスカーレット、キャプテントゥーレなどのG1馬を輩出。競走馬としての実績は少なくとも、その血は日本競馬に色濃く残りました。
天皇賞(春)
「黒い刺客」と称されたライスシャワーは、1993年の天皇賞(春)でメジロマックイーンの三連覇を阻止し、G1レース2勝目を挙げました。
1992年の菊花賞ではミホノブルボンの無敗三冠を阻止し、「記録を阻む馬」として競馬ファンの間で賛否を呼びました。
しかし、長距離レースでは類まれなスタミナを発揮し、特に京都競馬場での強さは群を抜いていました。1995年の宝塚記念で事故により命を落としましたが、その走りは今も語り継がれています。
オークス
エアグルーヴは、1996年のオークスを制した名牝で、のちに天皇賞(秋)も制覇し、JRA賞年度代表馬にも輝きました。
牝馬ながら牡馬を相手に堂々と戦い抜き、当時の「牝馬は牡馬に敵わない」という固定観念を覆した存在です。
その後、繁殖牝馬としても成功し、アドマイヤグルーヴ、ルーラーシップなどを輩出。さらにアドマイヤグルーヴの仔からは二冠馬ドゥラメンテもおり、現在もエアグルーヴの血を継ぐ仔がターフを駆け抜けています。
日本競馬の血統を大きく進化させた名牝として、その功績は計り知れません。
日本ダービー
1993年の日本ダービーを制したウイニングチケットは、同期のナリタタイシン、ビワハヤヒデとともに「三強」を形成した名馬でした。
皐月賞ではナリタタイシンに敗れましたが、日本ダービーでは圧巻の末脚を発揮し、堂々の勝利を飾りました。ジャパンカップ3着などの成績を残し、現役を引退。
引退後は乗馬として長く愛され、ファンとの交流を大切にする「会えるダービー馬」として親しまれました。
安田記念
ニホンピロウイナーは、日本競馬史におけるマイル戦の名馬の一頭です。
安田記念を含むG1レースで2勝を挙げ、マイル戦線で圧倒的な強さを誇りました。
驚異的な末脚と安定感のある走りで、1980年代のマイル界を牽引。引退後は種牡馬としても成功し、ヤマニンゼファーやトーワダーリン、フラワーパークなどのG1馬を輩出。
マイラー血統の礎を築いた存在として、その名は今も語り継がれています。
宝塚記念
グラスワンダーは1998年・1999年の有馬記念を連覇し、1999年には宝塚記念も制した名馬です。
2歳時から無敗で朝日杯3歳ステークスを制し、世代トップの実力を誇りました。脚部不安に悩まされながらも復活を遂げ、スペシャルウィークやエルコンドルパサーと並ぶ「最強世代」の一角を担いました。
種牡馬としてもスクリーンヒーローや輩出し、さらにスクリーンヒーローの仔であるゴールドアクターやモーリスがG1馬になり、モーリスの仔であるピクシーナイトがG1のスプリンターズステークスを勝利し、4世代に渡ってG1レースを勝利しています。
その血統は現在も続いています。
スプリンターズステークス
サクラバクシンオーは、短距離戦で無類の強さを誇ったスプリンターです。
史上初となるスプリンターズステークスを連覇し、1200m戦では敵なしの圧倒的なスピードを見せつけました。
引退後は種牡馬としても大成功を収め、ショウナンカンプ、グランプリボスなどを輩出。日本のスプリント戦線を支えた名馬として、その名は今も色褪せません。
菊花賞
ミスターシービーは1983年、史上3頭目の三冠馬に輝いた名馬です。
中距離から長距離戦に適性を持ち、特に菊花賞では当時の定石であった「ゆっくり坂を駆け上がり、ゆっくり坂を駆け下りる」という常識を覆す走りで圧巻の末脚を披露しました。
その追い込み脚質で多くのファンを魅了し、古馬になってからも天皇賞(秋)を勝利しましたが、このあたりで一つ年下のシンボリルドルフが史上初となる無敗の三冠馬を達成し、話題はシンボリルドルフに取られました。
シンボリルドルフと入れ替わる形で勝利から遠ざかりましたが、それでも、端麗な容姿と爆発力のある末脚は、今も伝説として語られています。
天皇賞(秋)
タマモクロスは「白い稲妻」と称された芦毛の名馬で、1988年の天皇賞(秋)を制しました。
春の天皇賞と宝塚記念を連勝し、当時の古馬中距離戦線の中心的存在となっていました。
秋にはG1レース3連勝をかけて天皇賞(秋)に挑み、豪華なメンバーが揃う中で実力を発揮。持ち味の粘り強い末脚を生かし、ライバルたちを抑えて勝利を飾りました。
その後、ジャパンカップや有馬記念でも好走し、オグリキャップとの激闘は今も語り草となっています。
エリザベス女王杯
2012年のエリザベス女王杯のCMには歴代の優勝馬は登場しません。
エリザベス女王の即位60周年を記念する「ダイヤモンドジュビリー」として施行されました。
英国連邦以外でこの名称の使用は認められていませんでしたが、JRAが英国王室と交渉し、正式な許可を得ることに成功。これにより、従来の「エリザベス女王来日記念」の意味合いを超え、英国王室公認の格式ある競走となりました。
さらに前年の勝ち馬がイギリスのスノーフェアリーだったことも相まって、JRAのCMは見事に時代の流れと融合した演出となりました。
マイルチャンピオンシップ
サッカーボーイは圧倒的なスピードと切れ味鋭い末脚を武器に、1988年のマイルチャンピオンシップを制した快速馬です。
デビュー当初から高い能力を見せており、その才能は古馬になってから開花します。
マイルチャンピオンシップでは、後方からの豪快な末脚で強豪馬たちを差し切り、圧巻の勝利を飾りました。引退後は種牡馬となり、ナリタトップロードなどの活躍馬を輩出しました。
なお、サッカーボーイが函館記念で打ち出した1分57秒8のレコード記録は2024年時点でも破られていません。
ジャパンカップ
ホーリックスは、ニュージーランドから来た海外馬で、1989年のジャパンカップでその実力を証明しました。
オグリキャップとの壮絶な競り合いの末、ホーリックスはレコードタイムで優勝。レースは国内競馬ファンに深い印象を残し、海外馬の強さを見せつけました。
その後は母国ニュージーランドに帰国し、繁殖牝馬としても成功を収めました。その記録は日本競馬史に深く刻まれています。
有馬記念
テンポイントは「流星の貴公子」と呼ばれ、その美しい馬体と圧倒的な走りで多くのファンを魅了した名馬です。
1977年の有馬記念では、前年の覇者トウショウボーイとの対決となり、伝説的なレースが展開されました。最終直線でテンポイントが力強く抜け出し、宿敵トウショウボーイを下して見事に勝利。まさに世代最強を証明するレースとなりました。
しかし、翌年の日経新春杯において、66.5キロの酷斤量が影響したのでしょう。
レース中に重傷を負い、懸命な治療の末に惜しまれつつこの世を去りました。
その美しさと勇敢な走りは、今も競馬ファンの記憶に刻まれています。
2013年のJRAのCM「The LEGEND」
2013年のJRAのCM「The LEGEND」は、その名の通り競馬史に名を刻んだ伝説的な名馬たちを讃える内容となっています。
ナレーションや映像によって、歴代の名馬たちが織りなしてきた名勝負の数々が鮮明に蘇り、競馬の魅力を再認識させる仕上がりとなっています。
JRAの「本気」を感じさせる壮大な演出と、競馬の奥深さを伝えるストーリーが、多くのファンの心を打ちました。
2013年のCMでスポットを浴びた馬を映像とともに紹介します。
フェブラリーステークス
メイセイオペラは、地方競馬出身ながら中央競馬のG1・フェブラリーステークスを制した歴史的名馬です。
岩手競馬の雄として活躍し、その勢いのまま1999年のフェブラリーステークスに挑み、JRAの強豪馬を相手に堂々の勝利を飾りました。
地方所属馬によるJRA G1制覇は史上初の快挙であり、競馬界に衝撃を与えました。
その後も地方・中央の垣根を超えた活躍を見せ、多くのファンに愛された名馬です。
桜花賞
テスコガビーは、圧倒的な強さを誇った伝説的牝馬です。
桜花賞史上唯一となる大差勝ちで圧勝し、その実力を見せつけました。
快速を武器にオークスも勝利しましたが、同年秋に怪我を負ってしまい、その後、復帰を懸けた調教トレーニング中に突然心臓麻痺を発症し、この世を去りました。
天皇賞(春)
ディープインパクトは、日本競馬史上屈指の名馬として知られています。
2006年の天皇賞(春)では、最後方からの大まくりという彼の代名詞ともいえる走りで圧巻の勝利を収めました。
ライバルたちをまるで別次元の末脚で置き去りにするその姿は、多くのファンの記憶に焼き付いています。
引退後は種牡馬としても大成功を収め、多くのG1馬を輩出。
日本競馬の歴史を変えた馬として、今もなお語り継がれています。
日本ダービー
ウオッカは、64年ぶりに日本ダービーを制した牝馬として、日本競馬の歴史に名を刻みました。
牡馬相手に挑んだ2007年のダービーでは、豪快な末脚で先行勢を差し切り、見事に勝利。
牝馬によるダービー制覇は戦後初の快挙であり、多くのファンを驚かせました。
その後も安田記念や天皇賞(秋)など、G1レースで活躍し、2008年と2009年にはJRA年度代表馬にも選ばれました。
ウオッカは、その果敢な挑戦と実力で競馬ファンの心をつかんだ名牝です。
ちなみにダービーのCMのみ2つパターンが存在しており、もうひとつは歴代のダービー馬を限られたCMにまとめたものとなっています。
宝塚記念
ビワハヤヒデは、安定感抜群の走りを武器に1993年の菊花賞を制覇し、翌1994年の宝塚記念でも勝利を収めました。
先行して押し切る競馬スタイルが特徴で、特に宝塚記念では2着馬に5馬身差をつける圧勝。G1戦線で常に上位に入る実力を誇り、多くのファンに支持されました。
半弟には三冠馬のナリタブライアンがおり、兄弟で競馬界を席巻したことでも有名です。
スプリンターズステークス
フラワーパークは、短距離戦線で活躍した快速牝馬です。
1996年のスプリンターズステークスでは、同じ牝馬エイシンワシントンとの壮絶な叩き合いの末、ハナ差で勝利しました。
最後の一完歩までわからない激闘は、競馬史に残る名勝負の一つとされています。その年のJRA賞最優秀短距離馬にも選出され、牝馬ながらスプリント戦線で確かな実力を示しました。
菊花賞
スーパークリークは、武豊騎手に初のG1タイトルをもたらした名馬として知られています。
1988年の菊花賞では、4コーナーでインからスパートを仕掛けて、他馬を寄せ付けない堂々たる走りで優勝しました。
その後も武豊騎手とのコンビで天皇賞春と秋を勝利しました。
特に、後に「平成三強」と呼ばれるオグリキャップ、イナリワンとの対決は競馬史においても伝説的な名勝負となりました。
天皇賞(秋)
バブルガムフェローは、1996年の天皇賞(秋)で歴戦の古馬たちを相手に勝利し、史上2頭目となる4歳(現在の3歳馬)馬での勝利を手にしました。
3歳馬ながらも堂々たる走りを見せ、古馬になってからも大崩れすることなく堅実な走りを見せていましたが、5歳(現在の4歳)秋で引退しました。
種牡馬としてはそこまで目立った活躍を残しておらず、2010年に肺炎のため亡くなりました。
ジャパンカップ
シンボリルドルフは、日本競馬史上初の無敗の三冠馬であり、「皇帝」と称される名馬です。
1985年のジャパンカップでは、日本競馬の誇りを背負い、外国馬を相手に圧巻の勝利を収めました。
その強さと安定感は群を抜いており、通算13勝のうちG1・7勝を記録し、日本競馬史上最初の「七冠馬」の座を手にしました。
種牡馬としても二冠馬トウカイテイオーを輩出し、競走馬としても種牡馬としても成功を収めています。
有馬記念
テイエムオペラオーは、2000年にG1を年間無敗で制覇する偉業を成し遂げた名馬です。
有馬記念では、ライバルのメイショウドトウを僅差で退け、見事に勝利。年間で8戦8勝という記録は、今もなお語り継がれています。
その圧倒的な安定感と勝負強さから「最強馬論争」にもしばしば登場し、歴史に名を刻む一頭となりました。
かっこいい競馬のCM まとめ

JRAのCMは毎年話題になりますが、特に「JRAの本気」と称される競走馬を主役にしたCMは、多くのファンの記憶に残っています。
2011年の「20th Century Boy」、2012年の「The WINNER」、2013年の「The LEGEND」など、名馬たちの勇姿をかっこいい演出で描いた作品は、競馬の魅力を存分に伝えるものばかりです。
本記事では、これらの印象的なCMを振り返りながら、競馬の持つ熱さや感動を改めて感じられるようにまとめました。
競馬の主役である競走馬の雄姿に浸りながら、競馬を楽しみましょう!